赤土の王・ナダル、最後の全仏オープン 世界中から愛されたスペイン人は、笑顔で世代交代を受け入れた (2ページ目)

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki

【ジャパンOPで見せたナダルの謙虚な姿勢】

 ナダルがそこまで人々を引き付ける訳が、22のグランドスラム優勝に代表される偉大な功績にもあるのは間違いない。ただ、それ以上におそらくは、彼の情熱的なプレースタイルとその源泉たる人間性にあるだろう。

 若き日の、バギーパンツに隆起した筋肉を見せつけるかのようなノースリーブ姿は、その出で立ちからしてインパクト大。声を上げ、長髪を振り乱して汗を飛ばし、すべてのボールをまるで人生最後の一球のように追い続ける姿は、否応なしに見る者を彼の世界へと引き込んだ。

 それから20年近い年月が経ち、ショーツと髪は短く、シャツの袖は長くなった。その間、プレースタイルも大きく変わる。

 かつてはベースラインはるか後方に構え、無尽蔵のスタミナで駆けまわり、相手より一球でも多くボールを打ち返していたナダル。その彼が、いつからかベースラインから下がらず、ボレーも多く決めるようになった。

 ただ変わらないのは、ボールが2バウンドするまで絶対にあきらめぬ闘志。そして周囲の人々に優しく、奢らず、常に謙虚な姿勢だった。

 そんな彼の人間性は、これまで幾度も目撃し、彼に親しい人たちからも耳にしてきた。たとえば、ナダルが日本開催のジャパンオープンに参戦した時のこと。控え室でのナダルは、選手サポートのため働くボランティアたちの名前まで覚え、水やタオルを受け取るたびに「ありがとう、〇〇」と名を呼び、謝意を伝えていたと聞いた。

 ローラン・ギャロスを訪れれば、ジュニア時代からお世話になっていたフランステニス協会の老トレーナーの下を、必ず挨拶に訪れていたという。大会会場での練習後は、たとえ決勝戦の直前でも、たっぷり時間をかけてファンサービスに費やした。

 今年の大会開幕前の会見でも、こんな場面があった。

 超満員の会見室に現れて席に座ったナダルは、ふと顔を上げると笑みを広げ、会見室の後方に手を振ったのだ。そこにいたのは「トランスクリプショニスト」と呼ばれる、会見での言葉を文章に起こす女性。18年間この仕事に従事する、ナダルにとっても古い顔見知りのスタッフである。彼女に示す敬意と優しい笑顔にも、ナダルの人となりが溢れた。

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