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「将来、日本代表のキャプテンもやりたい!」ワーナー・ディアンズは高卒でプロ入り、21歳の夢は「世界一のロック」 (2ページ目)

  • 斉藤健仁●取材・文 text by Saito Kenji
  • 甲斐啓二郎●撮影 photo by Kai Keijiro

── 体格は小学生の時から大きかったのですか?

「小学校の時は160cmくらい。中学校2年で日本に来た時は父より小さくて、まだ181cmでした。でもその後、1年間で10cmくらい伸びて、高校入学時は193cm、高校2年生の時に2メーターになったので、日本に来てから20cmくらい伸びましたね(笑)」

── 日本に来てからラグビー1本に絞ったのはなぜですか?

「家の近くにバスケットボールのクラブがなかったし、家から5分のところにNECグリーンロケッツ東葛のグラウンドがあって、そこで我孫子ラグビースクールが練習していたからです」

── 中学卒業後はニュージーランドに戻らず、千葉の流通経済大柏に進学した理由は?

「同じスクールから何人かが流通経済大柏に入ると聞いていたので。一度、練習を見に行って、そこで決めました。

 高校に進学する時、母がオーストラリアのネットボールクラブの強化担当になることになって、妹(カイラさん)は一緒にオーストラリアに行ったんです。場所はケアンズだったので、冬は暑くてラグビーが楽しくないと思って、僕は父と日本にいようかなと(笑)。流通経済大柏は電車と自転車で家から30分の場所でしたし」

── 高校2年生からチームの中軸となり、2年連続で花園ベスト8進出に貢献しました。

「高校 1年の時は花園予選・幕張総合戦の1試合だけ出ました。でも、その後は機会がなく、花園は(スタンドから)応援だけでした。もちろん出たかったですが、まだ足りないところがあると思っていました。 高校2年の時は春の選抜大会や夏合宿でも試合に出られて、成長したんじゃないかなと思います。自分の体の大きさにも慣れてきたって感じです(笑)」

── 高校時代の一番大変だった思い出は?

「一番は......高校2年の夏合宿の時、1日で2試合をやった時ですね。午前中は山本嶺二郎(LO/明治大4年)や本橋拓馬(LO/帝京大3年)など190cmのFWが3人もいる京都成章とやって、すごくいい試合だったんですが、1トライ差でギリギリ負けました。

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