2016.03.22

【ラグビー】主将を歴任した廣瀬俊朗が
「キャプテンシー」を語る

  • 斉藤健仁●取材・文・撮影 text&photo by Saito Kenji

廣瀬俊朗インタビュー@前編

「やり切った」男の、笑顔の会見だった――。

 2015年のラグビーワールドカップで3勝を挙げた「エディー・ジャパン」こと日本代表で、2012年から2年間主将を務め、試合に出場できずとも精神的支柱としてチームを支えた続けたSO(スタンドオフ)/WTB(ウイング)廣瀬俊朗(ひろせ・としあき/東芝ブレイブルーパス)。その彼が3月1日、楕円球を追い続けてきた30年間の現役生活に別れを告げた。

 5歳からラグビーを始め、中学、高校、大学、そして社会人、さらに日本代表でも主将を務め、34歳で引退を決意。各カテゴリーでチームを統率してきた廣瀬氏が考える「キャプテンシー」とは?

30年間の現役生活にピリオドを打った廣瀬俊朗――3月1日に引退会見を行ないましたが、現在の心境は? 今シーズンのトップリーグのプレーぶりを見ると、「まだまだできるのでは?」とも感じましたが。

廣瀬俊朗(以下:廣瀬) ラグビーワールドカップで成績を残し、メディアの方々にもたくさん来ていただいて、ひと区切りという感じはしています。自分の声で引退を伝えられてよかったです。体力的に言えば、まだプレーできたと思います。シリアスなものではないのですが、脳しんとうが癖になっていることも(理由に)ありました。ただ、引退を決めた一番の要因は、人生は限られているので、次に早く向かいたいという気持ちが大きかった。だから、涙ではなく、笑顔で会見することができました。

――東芝ラグビー部では、同時に若手選手も3人退部しました。不正会計問題があった会社の影響はなかったのでしょうか?

廣瀬 それはなかったです。30歳を越えたあたりから、毎年、話し合ってきました。だからワールドカップが終わったときには、進退に関しては決まっていました。ターゲットにしていた大会が終わったので、次の道を考えたというわけです。もし、結果を出すことができなかったら、もう1年プレーしたいという想いも出たかもしれません。ただ、結果を出すことができましたし、トップリーグにもたくさんのお客さんが来ていただいた(過去最高の合計49万1715人)ので、これ以上のタイミングはなかったですね。