【女子バスケ日本代表】原点は「ポートボール」WNBA指名を受けた20歳のPG・田中こころ、いざワールドカップへ
女子バスケットボール・田中こころインタビュー 後編
バスケットボール女子日本代表の今後を担う、20歳のポイントガード(PG)、田中こころはバスケを本格的に始めて、わずか7年で日本のトップまで駆け上がってきた。バスケではなく、ポートボールに夢中だった小学校時代、中学時代のクラブチームで基礎を築いた日々から、名門・桜花学園で学んだこと、そして、まもなく始まる「FIBA女子バスケットボールワールドカップ2026」(9月4日開幕/ドイツ・ベルリン)への意気込みを語ってもらった。
各年代で確実に成長してきた田中こころ選手 photo by Kazuhiro Igarashi
【ポートボールに夢中だった小学校時代】
――経歴について伺いたいのですが、バスケットボールを始めたのは中学生からですよね。
「小学生の時はポートボール(バスケットボールに似た7人制の球技)をやっていました。私は大阪の堺市出身ですが、ポートボールはそもそも堺が発祥で、ミニバスケットボールよりもポートボールが盛んでした。チームがいくつもあって、小学生の頃は特に流行っていました。
5つ上の姉がポートボールをはじめたことで、私も小学1年生の頃から始めました。ポートボールはとてもバスケットボールに近い競技で、ルールもほぼ同じです。5年生の時に一度、ミニバスチームに体験に行ったのですが、ポートボールでもレッグスルーなどのスキルを身に付けていたので、全部できてしまったんですね。それならポートボールのほうが楽しいかなと思い、結局は6年生まで続けました」
――それだけポートボールは魅力的だったのですね。
「ポートボールは(ゴール役の人が)台の上でボールを受けて点が入りますが、人がボールを動いて取るので、ハーフラインあたりで投げても点が入りやすいんです。実際にそういう攻めをするチームもありました。
でも、私のチームでは5人でパスをつないでシュートを打つといった、バスケットボールにつながるようなプレーを教えてくれていました。あの時の経験がなかったら、今、こうしてバスケットボールでもシュートは入っていないだろうし、シュートが好きでもなかったと思います」
――中学生になり、本格的にバスケットボールを始めます。
「私は姉と同じ道を進むものだと自然に思っていたので、姉と同じく地元の中学校でバスケットボールを始めました」
――中学のバスケットボール部とともにクラブチームのKAGO CLUBにも入りましたね。
「姉の高校の後輩で中学時代にKAGO CLUBに所属していた人がいて、その人からKAGO CLUBがいいと聞き、母に一度体験に行ってみたらと言われたのがキッカケです。ただ、最初に参加したコースでは、初めて行ったのにハンドリングができてしまい、みんなの前でお手本をすることになったんです。それで、これなら行かなくてもいいかなと思っていました。
だけど、ほかにもレベルの高いコースがあると母に言われ、そのコースに入るためのトライアウトを中学1年の冬に受けました。そうしたらトライアウトが楽しくて、ここでやってみたいと思い、約2年間所属しました。スキルのほとんどは、KAGO CLUBで身に付けたと思います。複雑なハンドリングも多かったけれど、どういう理由でやっているのかを含めていろいろと教えてもらいました」
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