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バラは再び咲く。NBA元MVP・ローズが
スタイルチェンジでキャリアハイ

  • 水野光博●取材・文 text by Mizuno Mitsuhiro
  • photo by Getty Images

 バラの花が、再び咲いた――。

 現地10月31日、デリック・ローズ(ミネソタ・ティンバーウルブズ/PG)がユタ・ジャズ戦でキャリアハイとなる50得点を叩き出す。それまでのローズのキャリアハイは2011年5月。7年半も前に記録した44得点だった。

※ポジションの略称=PG(ポイントガード)、SG(シューティングガード)、SF(スモールフォワード)、PF(パワーフォワード)、C(センター)。

50得点をマークした試合後、観客の声援に涙するデリック・ローズ50得点をマークした試合後、観客の声援に涙するデリック・ローズ 時計の針を巻き戻せば、2011年はローズが史上最年少の22歳でMVPを受賞したシーズン。誰もがこの若者に、どれほど輝かしい未来が待っているのだろうと、夢を見ずにはいられなかった。

 しかし、ローズのキャリアは暗転する。2012年のプレーオフで左ひざ前十字じん帯を断裂し、翌シーズンを全休。さらに復帰後に右ひざ半月板も損傷し、ふたたび長期離脱。2015年には再度、右ひざの半月板を痛め、通算3度目の手術を行なった。

 度重なる故障と手術の影響で、ローズの爆発的なスピードと得点力は失われた。2012年を最後に、ローズが平均得点で20得点をオーバーしたことは、一度もない。

 シカゴ・ブルズで華々しいキャリアをスタートしたローズは、その後、ニューヨーク・ニックス、クリーブランド・キャバリアーズと渡り歩く。

 2017年9月、ローズはアディダスのプロモーションで中国を訪れる。このとき、多くの中国人ファンのメッセージを編集したビデオをローズは見た。そして、激励の言葉の数々にローズは思わず涙する。

『僕は医師から、もう2度とプレーできないかもしれないと言われた。でも、そんな自分に信じる力を与えてくれた存在こそ、あなただった』

『陽はまた昇る、バラの花も再び咲く』

 しかし、その後もローズの歩む道は厳しかった。昨シーズン途中にキャブスからユタ・ジャズにトレードされるが、移籍後わずか2日で解雇される。その後、「歴代MVP受賞者で殿堂入りを逃す初の選手になるだろう」と囁かれるローズと契約したのが、現在所属するウルブズだった。

 ジャズ戦で50得点を叩き出した後、ローズは「バスケットボールが僕を離してくれない」と語っている。

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