2020.09.10

ホンダのモンスターマシンを操った悲運の天才。ダニ・ペドロサの功績

  • 西村章●取材・文 text by Nishimura Akira
  • 竹内秀信●撮影 photo by Takeuchi Hidenobu

 この12年に、ロレンソは2回目のMotoGPチャンピオンを獲得するが、最も熾烈(しれつ)なタイトル争いを演じたのがペドロサだ。一年を終えた総獲得ポイントは、ロレンソが350に対して、ペドロサはわずか12ポイント差の332。優勝回数で見ると、チャンピオンのロレンソは6勝だが、ペドロサはロレンソよりも1勝多い7戦で勝利を収めた。これらの数字が、激しいタイトル争いを何よりも雄弁に物語っている。

 また、この年のチェコGPでは、ペドロサとロレンソは最終ラップの最終コーナーまでバトルを繰り広げた。最後はペドロサが制したこのレースが、名勝負としてひときわ強い印象を残すのは、ペドロサもロレンソも、先行逃げ切りの優勝を本来は得意としているからだ。その二人が、互いに相手を振り切ることができず、しかも最後の最後まで互いに一歩も退かないクリーンな真っ向勝負を続けた。最終ラップは4回トップを入れ替える攻防で、0.178秒先にペドロサがチェッカーフラッグを受けた。

 この年から少し遡って、ロレンソが最初にタイトルを獲得した10年にも劇的な出来事があった。

 この一年は、基本的にはロレンソ優勢で推移したシーズンだった。だが、3週間の夏休みを経てシーズン後半戦になると、ペドロサが猛追を開始した。休み明け4戦で優勝2回、2位が2回。そして秋の終盤戦を迎えた。ここまで4戦の勢いを駆り、逆転チャンピオンを期して臨んだ日本GPだったが、初日午前の走行で転倒して鎖骨を骨折した。原因はペドロサのミスではなく、チームのメカニックによるマシン整備の過失という、泣くに泣けない内幕で、ペドロサの王座奪取はついえることになってしまった。悲運という意味では、これほど象徴的なシーズンもないだろう。

 やがて13年には、マルク・マルケスがレプソル・ホンダのチームメイトになり、あっという間に破竹の快進撃を開始する。ペドロサはタイトルこそ手に届かなかったが、それでも毎シーズン少なくとも1戦で優勝を達成し、何回も表彰台に登壇し続けてきた。