2016.04.06

【F1】ホンダの新人バンドーン初入賞も、
気がかりな総帥の口出し

  • 米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki

 3月31日木曜日、午後6時40分ごろ――。岡山空港の出発ターミナルのラウンジにいたストフェル・バンドーンのもとに電話が入り、「バーレーンGPでF1デビューすることになった」と彼は知った。

 もともとこの日、スーパーフォーミュラの公式テストに参加していたバンドーンは、それを初日だけで切り上げて岡山発羽田行きの最終便に乗り、東京からドバイ経由の夜行便でバーレーンへ向かうことにしていた。当初は岡山で2日間のテスト走行を終えてからバーレーン入りする予定だったが、チームから「万一のために金曜に間に合うよう来てほしい」と要請を受けていたからだ。

F1デビュー戦でいきなり入賞を果たしたストフェル・バンドーン そのころ、バーレーン・インターナショナル・サーキットでは、メルボルンで大クラッシュを喫したフェルナンド・アロンソがメディカルセンターを訪れ、出場に向けてFIAによって義務づけられた医療チェックを受けていた。しかし、異例とも言える1時間半にも及ぶチェックの末、肋骨にヒビが入っていて完治していないことと、事前のCTスキャンで肺に気胸の症状が出ていたことがわかっていたため、FIAはアロンソにバーレーンGP出場の許可を与えなかったのだ。

 その裁定が下るやいなや、マクラーレン・ホンダはバンドーンに出場を知らせる電話をかけたというわけだ。

「その時点ではすでに、念のために1日早くバーレーンに向かうことになっていたんだけど、フェルナンドがメディカルチェックから出てきた5分後か10分後にはチームが電話をしてきて、レースに出ることになったと知らされたというわけさ。そこからはエンジニアたちから電話がかかってきたり、書類が送られてきたりして、日本からここに来る機内でもかなりの書類を読んだりしなければならなくて、とても慌ただしかったけど、十分に準備はできた状態で今日に臨むことができた」