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【欧州サッカー】ニコラ・アネルカは不器用だけど誠実 ベンゲルは「不機嫌な男」の本質を見抜いていた (3ページ目)

  • 粕谷秀樹●取材・文 text by Hideki Kasuya

【代表で活躍できなかった理由】

 レアル・マドリードを離れたあと、古巣パリ・サンジェルマンとリバプールを経て、2002-03シーズンからマンチェスター・シティに新天地を求めている。1シーズン目は14ゴールで得点ランキング7位、2003-04シーズンは16ゴールで7位。アブダビ・ユナイテッド・グループに買収される以前のマンチェスター・シティは優勝戦線に絡めなかったものの、アネルカはひとり気を吐いていたと言っていいだろう。

 的確なポジショニングを取り続け、これ以上ないタイミングで相手最終ラインの裏に飛び出す。爆発的なスピードでマーカーを置き去りにし、GKと1対1を迎えた場合はクールに決める。しかも、左右両足で硬軟自在だった。

 アシスト感覚、ポストプレー、ドリブル突破、空中戦......いずれも優れており、前線のあらゆるポジションに適応した。深い位置まで下りてきてボールをさばき、その直後にスプリント全開でロングフィードの受けもこなしていた。

 攻守ともにオフ・ザ・ボールの動きは秀逸。スペースメイクや頻繁なプレスバックでもチームに貢献。好調時のアネルカは常に楽しそうだった。ピッチ上ではご機嫌だったのである。

 2008年から2012年まで所属したチェルシーでは、センターを託された1トップ、ディディエ・ドログバとの2トップ、さらには左右のウイングでも活躍。2008-09シーズンは得点王に輝き、翌シーズンはプレミアリーグとFAカップのダブル獲得の原動力にもなっている。

 デビュー当時から「アンリをしのぐ」と言われていた才能がついに花開き、当時チェルシーを率いていたフース・ヒディンクも称賛した。

「マルコ・ファン・バステンに勝るとも劣らないタレントだ」

 しかし、チェルシーで最盛期を迎えたアネルカも、フランス代表における実績は乏しい。EURO2000の優勝メンバーとはいえ、貢献度は高くなかった。

 選手選考に偏りがあったジャック・サンティニや高圧的なレイモン・ドメネクといった代表監督とは、反りがまったく合わなかった。また、年長者に敬意を示さないサミル・ナスリやフランク・リベリーといった次世代の選手たちとも距離を置いていた。マンチェスター・シティやチェルシーでは少しだけ陽気になれたアネルカは、フランス代表になるとまた不機嫌になった。

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