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【欧州サッカー】ニコラ・アネルカは不器用だけど誠実 ベンゲルは「不機嫌な男」の本質を見抜いていた (2ページ目)

  • 粕谷秀樹●取材・文 text by Hideki Kasuya

【ファーガソンもペレも絶賛】

 当然、アネルカはメディア対応も苦手だった。単独インタビューのオファーが届いても断っていたのだろう、テレビや雑誌への露出は極端なほど少なかった。自身を語るのが恥ずかしかったのか、原形をとどめないほどのインタビュー内容の脚色を恐れていたのか。

 いずれにせよ、アネルカという男の魅力は、世間に広くアピールされなかった。現役を退いて10年が経過した今も、決して多くを語らない。

 1996年にパリ・サンジェルマンでプロキャリアを刻み始めた当時から、アネルカの才能は注目されていた。1歳半上のティエリ・アンリ、ダヴィド・トレゼゲを上まわり、「次のフランス代表を担う男」と各方面から高く評価されていた。

 1996‐97シーズンの半ばに18歳の若さでアーセナルに移籍したあとも、プレミアリーグの高い強度にフィットした。マンチェスター・ユナイテッドのアレックス・ファーガソン監督が「あの若造、ふてぶてしいな。気に入った」とエールを送り、あのペレをして「ストライカーとしてすべての才能を装備している」と言わしめてもいる。

 1998-99シーズンのプレミアリーグで17ゴール。ジミー・フロイド・ハッセルバインク(リーズ)、ドワイト・ヨーク(マンチェスター・ユナイテッド)、マイケル・オーウェン(リバプール)の18ゴールに次ぐ好記録だ。アーセナルの得点源として確かな手ごたえをつかみ、プレミアリーグの得点王も夢ではなかった。

 ところが、レアル・マドリードが触手を伸ばしてきた。前述したようにアネルカも「いろいろなクラブでプレーしたかった」し、ベンゲル監督も基本的に選手を引き留めたりしない。

 フランスの名将が懸命に残留交渉し、アネルカもラ・リーガ行きを拒否したとしよう。1999年8月、アーセナルはユベントスからアンリを獲得している。アネルカとの2トップが誕生したとも考えられはしないだろうか。

 いや、アネルカが移籍したからこそのアンリ獲得だろうか。ケガの影響でレアル・マドリードにおけるキャリアはわずか1年で終わっている。あの時、アーセナルに残っていればと悔やまれてならない。口数が少ないアネルカは何も語らないが......。

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