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【欧州サッカー】ベンゲルが見つけた世界最高のボランチ ヴィエラこそアーセナル無敗優勝「真のMVP」 (2ページ目)

  • 粕谷秀樹●取材・文 text by Kasuya Hideki

【ヴィエラは絶対に必要だった】

 この動きに待ったをかけたのが、ベンゲルだ。自ら交渉のテーブルに着き、ヴィエラを翻意させたのである。

 ベンゲルが到着する以前のアーセナルは、眠くなるほど退屈なフットボールに終始していた。勝っても最少スコア。メディアや相手サポーターに「ワン・ニル(1‐0)アーセナル」と揶揄されるほどだった

 ベンゲルは守備的なスタイルが大っ嫌いだ。「アンチフットボール」とまで言ってのけた。1-0で守りきるのは性に合わない。退屈な戦い方からエキサイティングな方向へモデルチェンジするために、ヴィエラは絶対に必要だった。

 名将の抜擢を意気に感じたヴィエラは、アーセナル移籍早々に躍動する。192cmの長身と恵まれたリーチを生かしたボール奪取から、絶妙のスルーパスを前線に送り届ける。また、身体を張ってピンチを未然に防ぎ、機を見て相手陣の最深部にまで進入していく。まさしく「ボックス・トゥ・ボックス(BOX to BOX)」の典型だ。

 1996-97シーズンのアーセナルは、前年の5位から3位に上がった。プレミアリーグ発足以降では最高成績である。得点数も49から62に増えた。「ヴィエラ効果」である。勝利のためならカードも辞さない献身的な若者に、多くのグーナー(アーセナルサポーターの呼称)が心からの拍手を送った。

 ヴィエラの加入によってアーセナルはたくましく、攻撃的に変身した。1997-98シーズンはエマニュエル・プティとのコンビで中盤を制圧し、デニス・ベルカンプのMVP獲得に尽力。マンチェスター・Uの3連覇を阻止するとともに、FAカップも戴冠している。いよいよ、二強の時代がやってきた。

 もちろん、マンチェスター・Uもおいそれとは引き下がらない。1998-99シーズンからリーグ3連覇。唯一、アーセナルが抗っていたとはいえ、最後に笑ったのはアレックス・ファーガソンのチームだった。ただ、ロイ・キーンとヴィエラのライバル意識はすさまじかった。

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