【欧州サッカー】リベリーが宇佐美貴史に放った強烈なアドバイス「居場所なんてすぐになくなるぞ!」の意味
世界に魔法をかけたフットボール・ヒーローズ
【第41回】フランク・リベリー(フランス)
サッカーシーンには突如として、たったひとつのプレーでファンの心を鷲掴みにする選手が現れる。選ばれし者にしかできない「魔法をかけた」瞬間だ。世界を魅了した古今東西のフットボール・ヒーローたちを、『ワールドサッカーダイジェスト』初代編集長の粕谷秀樹氏が紹介する。
第41回はフランスが生んだ稀代のドリブラー「フランク・リベリー」を紹介する。ウイングのポジションに構える彼にボールが渡ったら、最大級に注意しなければならない。ドリブルに警戒していると、キレのあるパスや豊富な運動量であっという間にチャンスを創出するからだ。2010年代のバイエルン黄金期は、リベリーなしで語れない。
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フランク・リベリー/1983年4月7日生まれ、フランス・ブローニュ=シュル=メール出身 photo by Getty Imagesこの記事に関連する写真を見る かつてウイングは、ふた通りに分かれていた。
ひとつはクロッサー。もうひとつはドリブラー。
プレミアリーグ草創期から10年ほどのマンチェスター・ユナイテッドが好例で、右サイドは正確無比のクロスで多くのゴールをもたらしたデビッド・ベッカム、左サイドは史上屈指のドリブラーと言われるライアン・ギグスである。
マルセイユやバイエルンで一世を風靡したフランク・リベリーも、フットボールの歴史に残る名ドリブラーのひとりだ。
小さな頃から喧嘩っ早かったという。好んでトラブルに首を突っ込んでいたとの噂がもっぱらだ。故郷フランス北部のブローニュ=シュル=メールの小クラブから、12歳の時に名門リールに加入。ところが素行の悪さが問題になり、15歳で解雇された。悪ガキの伝説は数多く耳にしてきたが、15歳でクビはレベルが違いすぎる。
その後、プロになっても酒場で一般人と大喧嘩し、行く先々でチームメイトと拳を交え、最後には未成年との不適切な関係まで発覚した。2010年の南アフリカワールドカップではチームメイトに対するイジメが明らかになり、占星術による選手選考が物議を醸したレイモン・ドメネク監督とともに「フランス代表惨敗の主犯」と徹底的に叩かれている。
つまり、友だちにはなりたくないタイプとも言える。
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著者プロフィール

粕谷秀樹 (かすや・ひでき)
1958年、東京・下北沢生まれ。出版社勤務を経て、2001年
、フリーランスに転身。プレミアリーグ、チャンピオンズリーグ、 海外サッカー情報番組のコメンテイターを務めるとともに、コラム 、エッセイも執筆。著書に『プレミアリーグ観戦レシピ』(東邦出 版)、責任編集では「サッカーのある街」(ベースボールマガジン 社)など多数。






















