ベリンガムが一発退場になった問題の核心 イギリス人選手はなぜリーガで手こずるのか (2ページ目)
【適応できなかったスター選手たち】
これには、中南米の大半がスペイン語圏で、多くの選手が入団直後から話せるという事情があるだろう。ポルトガル語、イタリア語、フランス語、ルーマニア語なども同じラテン語で、すぐに簡単な会話は理解できる範囲にある。さらにスペイン語は発音がシンプルなだけに、語学センスに優れたオランダや旧ユーゴスラビア圏の選手は、3カ月である程度、マスターできるのだ。
しかし、英語圏のイギリス人選手はスペイン語を習得できない。それは「覚える気がない」という怠惰さと、「英語が世界共通語」という傲岸さが表裏一体になっているからだろう。加えて、英語圏の人が話すスペイン語は発音の癖が強く、嘲笑の的になることも少なくない(母音中心のため、むしろ日本語のほうがスペイン語の発音には合っている)。
過去、レアル・マドリードではマイケル・オーウェン、ジョナサン・ウッドゲート、デビッド・ベッカム、スティーブ・マクマナマン、ガレス・ベイルがプレーしている。いずれも実績、実力は十分だったが、スペインに適応できなかった。
オーウェン、ウッドゲートは問題外。ベッカムは奮闘こそ目立ったが、ひとり浮いていた。マクマナマンは一番好印象を与えていたが、ピッチでの活躍は限定的で、イングランド時代を超えていない。
ベイルのケースを「失敗」とするのは議論の余地はあるだろう。1年目はカップ戦も含めて20得点以上を記録して上々だった。しかし、次第にチーム内で孤立。約150億円の移籍金、50億円近い年俸のスーパースターであることを踏まえれば、期待外れだったと言っていい。"晩年"はゴールでの祝福で仲間を振り払って不興を買い、「ゴルフ三昧」も揶揄されて、尻すぼみで去っていった。
それ以外も、ラ・リーガのイギリス人選手は、一時的に活躍をしても、定着できていない。
バルセロナは1980年代、ゲーリー・リネカーを獲得した。やはり1年目は得点を量産したが、3年目はウイングにコンバート。尻切れトンボで退団した。バルサ時代の前後はイングランドで得点王だっただけに、"内弁慶"の典型だった。
2 / 3