デ・ブライネに見る現代の「トップ下」の姿。かつての「10番」とは何が違うのか

  • 西部謙司●文 text by Nishibe Kenji
  • photo by Getty Images

 ニコロ・バレッラは4-2-3-1の「トップ下」なのだが、実際には右インサイドハーフとしてプレーしている。攻撃時には右のハーフスペース担当。そして守備になると、まず1列目で守備をしたあと、攻め込まれると必ず右のハーフスペースを引いてきて、守備ブロックを形成する1人として機能していた。

 マンチェスター・シティのケビン・デ・ブライネも似ていて、守備ではまず最前線でプレスしたあと、4-3-3の中盤の「3」の右側を守る役割を持っている。

 つまり、トップ下がトップ下としての守備を行なうだけではなく、もう1つ下がってのタスクも負っていて、むしろこのやり方がスタンダードになっている。

<全盛期は1980年代の10番>

「トップ下」という用語は、日本独自のものだと思う。同じポジションは世界中にあるけれども、直訳してトップ下になる用語は寡聞にして知らない。イタリアの「トレクァルティスタ」、スペインの「メディア・プンタ」、アルゼンチンの「エンガンチェ」が近いかもしれない。

 位置を表す言葉としては、「セカンドトップ」が一番近いけれども、日本でイメージされるトップ下はストライカーよりもチャンスメーカーなので、特徴的にはエンガンチェだろう。

 WMシステム全盛の1960年代までは、「トップ下」が存在していなかった。というより、2人のインサイドフォワードがダブル・トップ下だったのだが、そのうち1人が下がって4-2-4となった。

 この4-2-4を世に出したブラジルは、「10番」のポジションを受け継いでいく。4-2-4は1958年ワールドカップ優勝で有名になり、1970年の3回目の優勝の時は4-3-3と呼ばれたが実質的にほぼ同じ。現在の4-2-3-1に近い。

 トップ下の全盛期は1980年代だ。ウイングが姿を消し、2トップになった。2人のストライカーの背後に位置して前後をつなぎ、自らもゴールを狙うトップ下は攻撃の最重要ポジションになっている。ディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン)、ミッシェル・プラティニ(フランス)、ジーコ(ブラジル)が代表格だった。

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