一時は絶滅も!? 攻撃の花形・ウイングの歴史。ネイマールら最新のプレースタイル

  • 西部謙司●文 text by Nishibe Kenji
  • photo by Getty Images

 マシューズ、ガリンシャに代表される縦突破型のウイングは、利き足とプレーするサイドが同じだ。1970年代までのウイングの多くがこのタイプだった。1980年代に2トップが流行ってウイングは消滅しかかるが、1990年代に入るとオランダのアヤックスが3-4-3システムとともに古典的ウイングを復活させる。

 ルイス・ファン・ハール監督が率いた「マイティ・アヤックス」の右はナイジェリア人のフィニディ・ジョージ、左はオランダ代表のマルク・オーフェルマルス。ただ、オーフェルマルスはもともと右利き。言わば後天的左利きである。

 イングランドでマシューズと双璧だったトム・フィニーも後天的レフティだった。本来は右ウイングだが、代表ではマシューズがいたので、左足だけシューズを履いて練習し、左ウイングとしての地位を確立したという逸話が残っている。

 左利きは古今東西10人に1人程度なので、多くの右利き左ウイングは左足のキックを身につけなければならなかったわけだ。

<逆足のウイングの活躍>

 世の中、右利きが圧倒的に多い以上、右利きを左ウイングに起用せざるをえない。フィニーやオーフェルマルスのように両利きなら別だが、プレースタイルはおのずと順足とは異なってくる。

 WMシステムを開始したころのアーセナルの左ウイング、クリフ・バスティン(イングランド)は右利きだ。カットインからの右足のシュート、パスで大活躍し、リーグ通算150ゴールは2006年にティエリ・アンリ(フランス)に破られるまでクラブレコードだった。

 左利きなのに右ウイングというケースもある。1980~90年代にリーグ4連覇を果たしたマルセイユの右ウイングは、左利きのクリス・ワドル。縦へ行くとみせて左アウトで切り返し、左足でカーブのかかったクロスボールを入れるのが十八番だった。

 左ウイングが左利きのアベディ・ペレ(ガーナ)だったという事情もあるが、ワドルはイングランド代表でも右サイドが多かった。対峙するDFから遠い逆足のほうが利き足を自由に使いやすく、「カルパチアのマラドーナ」と呼ばれたルーマニアのゲオルゲ・ハジも左利きの右サイドだった。

3 / 4

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る