2020.07.02

名伯楽が整えた伝統のイタリア式戦術。
勝ちまくった要因を探る

  • 西部謙司●文 text by Nishibe Kenji
  • photo by AFLO

サッカー名将列伝
第4回 ジョバンニ・トラパットーニ

革新的な戦術や魅力的なサッカー、無類の勝負強さで、見る者を熱くさせてきた、サッカー界の名将の仕事を紹介。今回はイタリア伝統の堅守速攻を整えて、国内、欧州を席巻し、アリゴ・サッキのミランにも対抗。その後もヨーロッパ各国のクラブでタイトルを獲得した、ジョバンニ・トラパットーニ監督を紹介する。

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<不老の大ベテラン>

 最初に実物を見たのは、ユベントスを率いて来日した1992年と記憶している。日本代表との試合を終えたあと、都内のホテルでパーティーがあった。プレシーズンということもあったかもしれないが、立食パーティーの大広間にはタバコの煙が蔓延していた。火災報知器が鳴るんじゃないかというぐらい。チームでタバコを吸わないのは、ロベルト・バッジョとジョバンニ・トラパットーニ監督だけだった。

02年の日韓ワールドカップの時のトラパットーニ監督 その後、02年日韓ワールドカップの前にもイタリア代表監督として来日している。千葉県の稲毛海浜公園でトレーニングしていた。その時何と、トラパットーニ監督は選手に混じってミニゲームに参加していた。もう60歳を超えているというのに、パオロ・マルディーニやフランチェスコ・トッティに混じってボールを蹴っている姿に驚かされたものだ。

 選手時代からスタミナには定評があった。63年のチャンピオンズカップ(現チャンピオンズリーグ)決勝、ミランのトラパットーニはベンフィカのエウゼビオをマークして勝利に貢献している。69年、二度目のヨーロッパチャンピオンになった時には、アヤックスのヨハン・クライフをマークした。選手時代の鍛え方なのかもしれないが、引退してからも相当に節制していないと還暦を超えて現役選手に混ざってプレーできるわけがない。

 監督としてのキャリアは最初から華々しかった。ミランで短期的にケアテイカー(暫定監督)を務めたあと、76年から10年間にわたってユベントスを率いた。その間、セリエA優勝6回、コッパ・イタリア優勝2回。そして、チャンピオンズカップ、カップウィナーズカップ、UEFAカップの、欧州主要3大会を制覇した。インターコンチネンタルカップ(トヨタカップ)も獲った。