2020.05.25

リーガで成長していた家長昭博。
自信があった2年目に事態は急転する

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

リーガに挑んだ日本人(8)

 2010年2月、リーガ・エスパニョーラ。日本が世界に誇るレフティー、中村俊輔(横浜FC)でさえも撤退を余儀なくされていた。その次のシーズン、Jリーグで無双だった左利きMFが果敢に足を踏み入れている。入団したクラブは、かつて大久保嘉人(東京ヴェルディ)が在籍したマジョルカだった。

「スペインに行く前は、正直、”中村さんみたいな人でも苦しみ抜いたスペインって、どんなもんや”とビビっていました」

 家長昭博(川崎フロンターレ)は、入団当時の心境を明かしている。

 彼の過ごしたスペイン時代とは、何だったのだろうか?

2011年から約1年間、マジョルカでプレーした家長昭博 2010年12月、セレッソ大阪の家長は当時リーガ1部のマジョルカと契約を結んでいる。登録の関係でデビューは2月にずれ込んだが、試合ごとに評価を上げていった。4月のセビージャ戦では初得点を記録し、同月のヘタフェ戦でもゴールを決めた。

「最初はパスが回ってきませんでしたよ。でも、いい動きをしてパスを引き出すと、周りが認めてくれる。その積み重ねですね」