【追悼】「無名だった森保一を見出した」だけではない「稀有なリーダー」今西和男の本質とFC岐阜社長時代の苦難 (5ページ目)
【今西さんの薫陶を受け、魂を受け継いだ人たち】
経済界との意見交換会の議事録でも明らかになっているが、2012年夏には、債務超過解消に向けた今西さんの奔走によって、前出の田口会長と辻会長からも1億5000万円の拠出と継続支援の言質も取れていた。本人も選手育成と理想のクラブづくりのために続投を考えていた。にもかかわらず、目先のライセンス交付に拘泥した古田知事は、岐阜にサッカークラブがあることの幸福や、恩人でもある今西和男というサッカー界の稀有なリーダーの本質を最後まで理解できていなかった。しかし、首長はそうであっても、小林たち、民間で薫陶を受けた人々は、その魂を受け継いでいる。
FC岐阜を離れたクラブスタッフの何人かは、宮崎でヴェロスクロノス都農というチームに携わり、この九州の地で地域に愛され、地域に必要とされるクラブづくり、要は今西イズムを体現しようと活動を積み上げている。メンバーのひとりはこんな言葉を寄せてくれた。
「当時のFC岐阜の選手やスタッフの仲間の多くが、サンフレッチェ広島で薫陶を受けたメンバーと同じように、今西さんの影響のもと頑張っていると感じています。岐阜では最悪な出来事もありましたが、やはり今西さんは今西さんらしく、岐阜でも人を存分に育てて、大いに愛されていました」
岐阜県羽島市に生まれ、現在サンフレッチェ広島に在籍するDFの志知孝明は、今西さんがいた時のFC岐阜のU-18の選手であるが、ピッチ内外で発揮される、責任感あふれるその言動には今西イズムが満ち満ちている。今は背番号が16であるが、タイミングが合えば、在籍クラブで必ず13番を背負ってくれている。FC岐阜出身者が、永久欠番となっている13番を選ぶことの深い意味と意義は、これもまた拙著をお読みいただきたい。
「ワシは岐阜の人の力になりたかっただけなんじゃが、こんなことなら、もう岐阜には来たくない」と漏らしていた今西さんも、毎年、慕って広島にやってくる教え子たちの報告を受けると、自然と再び岐阜に足が向かった。
今西さんの功績は、石もて追われた岐阜でもしっかりと根付いている。クラブ組織として見た時に、サンフレッチェ広島は今西さんがいなくとも成立していたかもしれないが、FC岐阜はこの育将がいなければ、Jリーグ加盟はなされていなかった。ひとりでも多くの岐阜の人にそのことを知ってもらい、そして感謝とともに逝去を悼みたい。今西さん、日本サッカーのために、地域のためにありがとうございました。合掌。
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著者プロフィール
木村元彦 (きむら・ゆきひこ)
ジャーナリスト。ノンフィクションライター。愛知県出身。アジア、東欧などの民族問題を中心に取材・執筆活動を展開。『オシムの言葉』(集英社)は2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞し、40万部のベストセラーになった。ほかに『争うは本意ならねど』(集英社)、『徳は孤ならず』(小学館)など著書多数。ランコ・ポポヴィッチの半生を描いた『コソボ 苦闘する親米国家』(集英社インターナショナル)が2023年1月26日に刊行された。
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