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【追悼】「無名だった森保一を見出した」だけではない「稀有なリーダー」今西和男の本質とFC岐阜社長時代の苦難 (4ページ目)

  • 木村元彦●取材・文 text by Yukihiko Kimura

【岐阜の未来を考え、岐阜のために仕事をしなさい】

 最終戦が終わると同時に、岐阜の社宅も引き払うように言われていた。古田知事は、すべての負の責任を、広島からやってきてくれた今西さんに押し付け、追い出した。それでも今西さん自身は、解任劇のことはいっさい口にせず、誰かの批判をすることもなかった。ゆえに、こうした内情は表には出ず、「今西さんは、岐阜では経営者としては大失敗した人」という評価が一般的に流通していた。

 私も当然知らなかった。教えてくれたのは、岐阜出身の電通マンでワールドカップやオリンピックといった国家的スポーツ事業を手掛けてきた小林住彦(電通スポーツ局サッカー事業室アジア部専任部長)だった。小林はこう言った。

FC岐阜の社長として孤軍奮闘していた今西さんの仕事ぶりを、私は近くで見ていて本当に感動しました。しかし、このままでは今西さんが単にクラブ経営に失敗した人になってしまいます。今西さんが、岐阜のために全身全霊で尽くしたことについて、岐阜県人が何も知らないままでいいのか。サッカーを仕事としてきた自分としては、それだけは許せない。今西さんの本を書いていただきたい」

 それは小林自身、大きなリスクを伴う行動だった。県庁やJリーグ、さらには自身の会社から圧力がかかることも予想されたが、ひとりの岐阜の人間として立ち上がったその姿に私は感動した。それで書き上げたのが、『徳は孤ならず 日本サッカーの育将 今西和男』(小学館文庫)であった。当時のJリーグクラブライセンス事務局職員による、ライセンス交付と引き換えに今西社長を辞めさせろという、地方クラブへの人事介入、そして、その圧に屈した政治家と役人の保身が、純粋な子どものような人物を追い落とした醜悪な解任劇の詳細は、追悼の記事でこれ以上書きたくないので、そちらに譲る。

 取材をするうえでは、県庁のメールも情報公開請求の対象になっていたおかげで、酷い事実をあぶり出すことができた。それをもとにJリーグや県庁の当事者たちに直接、当てることができたのである。この不条理な解任とパワハラに憤怒していた岐阜の今西チルドレンたちも、積極的に取材に応えてくれた。彼らの多くも、訃報を聞いて広島の告別式に参列している。FC岐阜のスタッフたちが、今西さんにつねに言われていた言葉があるという。

「『いい選手を連れてこい』とか『いいスポンサーを呼んでこい』じゃないんです。『君たちはいつも岐阜の未来を考えて、岐阜のために仕事をしなさい』と言われていました」

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