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【Jリーグ】ポンテは浦和レッズ優勝のラストピースだった キャリアの絶頂期を捧げたクラブ歴代最高のブラジル人

  • 戸塚 啓●取材・文 text by Totsuka Kei

Jリーグ懐かしの助っ人外国人選手たち
【第25回】ポンテ
(浦和レッズ)

 Jリーグ30数年の歩みは、「助っ人外国人」の歴史でもある。ある者はプロフェッショナリズムの伝道者として、ある者はタイトル獲得のキーマンとして、またある者は観衆を魅了するアーティストとして、Jリーグの競技力向上とサッカー文化の浸透に寄与した。Jリーグの歴史に刻印された外国人選手を、1993年の開幕当時から取材を続けている戸塚啓氏が紹介する。

 第25回はロブソン・ポンテを取り上げる。浦和レッズではギド・ブッフバルトやウーベ・バインのようなワールドカッププレーヤーから、ワシントンやエメルソンといった個人タイトルを獲得した選手まで、クラブの歴史で重要な役割を担った外国人選手が数多い。

 そのなかでも「ロビー」の愛称で親しまれたこのブラジル人アタッカーは、特別な存在と言っていいだろう。彼とともに過ごした6シーズンで、チームはJリーグの頂点に立ち、アジアも制したからだ。

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ロブソン・ポンテ/1976年11月6日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身 photo by Getty Imagesロブソン・ポンテ/1976年11月6日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身 photo by Getty Imagesこの記事に関連する写真を見る 20世紀から21世紀初頭のサッカー界において、ブラジル人アタッカーは「芸術」の比類なき表現者だった。意外性、創造性、即興性、独創性といったフレーズは、南米のサッカー大国のためにあると言ってもいいぐらいだった。

 そうしたなかから、時に意外な才能も出現する。ロブソン・ポンテはそのひとりだ。アーティストとしての資質を搭載しながら、ハードワーカーの性格も備えていたのである。

 その理由を探ると、彼の経歴に行き当たる。1999-2000シーズンから6シーズンにわたって、ドイツ・ブンデスリーガでプレーしている。レバークーゼンとヴォルフスブルクで過ごした日々を通して、かの国で「ツヴァイカンプフ」と呼ばれる1対1の重要性や、組織的に連動する意味といったものを学んだのだろう。

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著者プロフィール

  • 戸塚 啓

    戸塚 啓 (とつか・けい)

    スポーツライター。 1968年生まれ、神奈川県出身。法政大学法学部卒。サッカー専誌記者を経てフリーに。サッカーワールドカップは1998年より7大会連続取材。サッカーJ2大宮アルディージャオフィシャルライター、ラグビーリーグワン東芝ブレイブルーパス東京契約ライター。近著に『JFAの挑戦-コロナと戦う日本サッカー』(小学館)

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