【Jリーグ連載】東京ヴェルディのアカデミーで育った「非エリート」横山暁之の今 (2ページ目)
とはいえ、当時の横山にはワクワクと同時に、悔しさがあったことも確かだ。なぜなら、J1クラブからのオファーを待っていた、というのが正直な気持ちだったからである。
しかし、横山はその悔しさを胸に刻んだうえで「あくまでも自分が挑戦者として挑み続ける姿を表現したい」と、千葉での活躍を誓った。
「たとえチームが勝てない時があっても、常にミスを恐れず、ゴールに向かってチャレンジするっていう姿勢を自分は表現したい。それを表現するなかで、結果的にチームの力になって昇格につながればいいなって思っているので。まずは自分らしさとか、自分のギラギラ感みたいなものを一番に考えて表現していきたいっていうふうにはすごく思っています」
だからこそ、「ただチームが昇格すればオッケーなのかって言われると、心のなかではそうじゃなくて......、自分の力で昇格させないといけないんですよ。だから、自分がもっと活躍しなきゃいけないって思っています」と、語気を強める。
横山自身が口にした、「挑戦者としての姿を表現したい」という言葉が示すように、彼は決してエリートと評されるような道を歩んできた選手ではない。
プロサッカー選手としてのスタートは、当時J3の藤枝。アマチュアとしての最終キャリアも、北信越大学リーグの北陸大学だ。大卒選手の活躍が目覚ましい現在のJリーグにおいてもなお、多くのJリーガーを輩出しているとは言い難い大学である。
だがしかし、横山のキャリアをさらにさかのぼると、彼は東京ヴェルディのアカデミーで6年間を過ごしている。
小学校に入る前からヴェルディのサッカースクールに通っていた横山は、中学入学とともにアカデミーに加わると、2009年から2014年までの6年間、クラブユースの名門として知られるヴェルディで腕を磨いた。
横山がユース年代最終学年だった2014年とは、ヴェルディユースが高円宮杯U-18プレミアリーグEASTで9位に終わり、プリンスリーグ関東に降格した年。
すなわち横山は、今年ヴェルディユースが11年ぶりの復帰を果たすまで、"最後にプレミアリーグを戦った世代"のひとりだったのである。
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