中村憲剛はなぜS級ライセンス研修でカナダへ? 2年後のW杯開催地で見た新世界 (3ページ目)

  • 原山裕平●取材・文 text by Harayama Yuhei

【指導は一切せずに監督・コーチの動きを追いかけた】

── 高尾さんはパシフィックFCのスタッフではないんですよね。

高尾「私は主に日本からのスポーツ留学の支援事業を行ないながら、カナダでサッカースクールも運営しています。パシフィックFCとはジェイミー監督とつながりがあるだけなんですけど、同じ土地でサッカースクールを運営しているなかで、パシフィックFCとはつかず・離れずの関係性ではありました」

── 田代さんはパシフィックFCでどういったことをやられているのですか。

田代「いわゆるクラブのブランド部門を担当しています。クラブの色を作る仕事と言いますか、フロンターレでやっていたプロモーションの仕事に近いですね。あとはアウトプットのところで、映像なり、写真なりを世の中に発信したり。今回、憲剛さんが来ていただいたことによって、日本でもいろんな報道があったと思うんですけど、そういったことを発信するグループのメンバーのひとりです」

チームの指導方法をひたすら見ることに集中した photo by Pacific FCチームの指導方法をひたすら見ることに集中した photo by Pacific FCこの記事に関連する写真を見る── 憲剛さんが来ることを高尾さんから聞いた時は、どう感じましたか。

田代「同じくらいのタイミングで、憲剛さんからもお電話をいただいて。それで憲剛さんが来るなら、何かをしなきゃいけないっていう想いがやっぱりあったんですね。

 正直、高尾さんが通訳だったり、身の回りのことをやってくれるわけなので、別に僕がいなくても成立するはずですが、わざわざ憲剛さんが連絡をくれたって言うことは、"美味しい"感じにしなきゃいけないんだなって(笑)。もちろん高尾さんが言うように、憲剛さんが来ることで日本に発信できるチャンスだなということも感じていました」

── 具体的に、研修はどのようなことを行なうのですか。

中村「ほかの受講生の方たちがどうだったのかはわかりませんが、あくまで研修なので、僕は一切指導しませんでした。研修先のチームの監督・コーチの指導に関わるすべてを見ました。

 練習前のミーティングから入って、トレーニングを見て、トレーニング後のフィードバックにも入ってコミュニケーションを取ったり、試合前のロッカールームから入って、試合を見て、試合後のロッカーにも入り、試合後のスタッフミーティングにも入りました。そして、また次の週末の試合に向かう1週間のトレーニングを見る。

 海外研修の規定に『最低3試合は観戦』があるのですが、実際は2週目の途中にカップ戦も入ったので、僕は4試合を見て帰りました。あとは帰国して、レポートを提出して、それが受理されたらS級ライセンスが交付される流れです」

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