板倉滉、三好康児、三笘薫、田中碧...4人はフロンターレでどう育ったのか。幼少時代のコーチに聞いたそれぞれの特長と共通点 (5ページ目)

  • 原田大輔●取材・文 text by Harada Daisuke
  • photo by AFLO, ©KAWASAKI FRONTALE

 田中にしても、ひとつ年上になる三笘に1対1の勝負を挑み、負けては工夫し、負けては改善することで成長していったという。

「碧の身体の柔らかさは魅力のひとつですが、子どもの頃は体幹が弱くて、少し当たられるとコテン、キックをしてもコテンと倒れてしまうような選手でした。でも、これは彼自身も語っていますが、中学生の時にU-18の練習に参加して、『このままではいけない』と気づいて、努力したと聞いています」

 ジュニアの先にはジュニアユース、ジュニアユースの先にはユース、そして頂点にトップチームと、上には上があるのがJリーグクラブのアカデミーの魅力であり、強みだろう。今や世界へ羽ばたいている彼らも、同世代のチームでは存在感を発揮していても、上のカテゴリーの練習に参加し、打ちのめされることで、気づきと成長を持続させてきた。

 そして、玉置は言う。

「指導者としても、こういう選手がこう成長していくという、ひとつの指標になりました。今の選手たちにも、当時の彼らの取り組みや姿勢を伝えられるという意味では、自分の財産になっています。アカデミー全体として共通して、ボールを止めて蹴るという技術的なところは大事にしつつ、あとは個人の特徴を伸ばすという目標も一貫しています。

 指導のやり方はそれぞれですが、トップチームの鬼木達監督が言うように『技術をベースにして、見ている人たちを魅了する』ということは、U−15の選手たちにも伝えています。フロンターレは攻撃がクローズアップされがちですが、それは守備も一緒。だから、守備でも魅せることができる選手たちを育成できたらと思っています」

 三好も板倉も三笘も、そして田中も、幼い頃から「今の自分で、どうすれば勝てるか」を考えて成長していくことのできる選手たちだった。

 それは川崎フロンターレを飛び出し、世界を主戦場とする今も変わらない。創意工夫した先で、世界に勝つための答えを見つけてくれるはずだ。

◆第2回につづく>>「選手たちの意識がこんなにも違うのか」。フロンターレU―18がトップチームと対戦、その後にどんなことが起こったのか

5 / 5

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る