2022.01.25

ミランか鹿島アントラーズか。24歳の現役ブラジル代表・レオナルドは日本を選んだ

  • リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon
  • 利根川晶子●翻訳 translation by Tonegawa Akiko

【どんなオファーも断り、ジーコとの約束を守った】

 憧れのジーコに誘われて、レオナルドは鹿島アントラーズの選手となった。日本に行く直前、彼はブラジル代表として94年アメリカW杯でプレーをした。これはJリーグにとって大きな意味があったと私は思う。当時、Jリーグは終わった選手がプレーするところ、象の墓場かなにかのように世界では思われていた。それがW杯でプレーしたばかりか優勝まで果たした選手が移籍したのである。

 大会後、レオナルドのもとにはヨーロッパ中のトップチームからオファーが押し寄せた。私が知るだけでもPSG、ミラン、バルセロナ、バレンシア、ドルトムントが彼を熱望し、提示された金額もかなりものだったと聞く。しかし、レオナルドはこのオファーをことごとく断り、日本に渡った。ブラジルをはじめ、世界中の誰もが「なぜレオナルドは日本に?」と疑問に思ったはずだ。だがレオナルドは、ジーコと約束した契約期間はなにがなんでも尊重するつもりだった。その間のリーグ戦の出場試合数は49試合で30ゴールを決めている。

 ネットが今のように発達してない当時、日本はサッカーの中心からかなり離れた国だった。そこでプレーする姿も簡単には見ることはできなかった。

 3シーズンがたった96年、フランスの名門PSGからのオファーがきた。当初、鹿島と結んだ契約期間は満期を迎えていた。レオナルドは悲しかったが、日本を出る決意をした。ジーコもその決断には理解を示し、彼を送り出してくれた。PSGはまだ今のような大金持ちのチームではなかったが、世界の強豪へと変貌する過渡期にあった。「その時代を知っていたことはよかった」と、今レオナルドは振り返っている。

 1シーズンをパリで過ごしたのち、以前からほしがっていたミランがついに彼を手に入れる。レオナルドのキャリアで最高だったのはこのミラン時代だろう。チームメイトには世界に名だたる選手たちがいた。フランコ・バレージ、パオロ・マルディーニ、アレッサンドロ・コスタクルタ、デメトリオ・アルベルティーニ、ロベルト・ドナドーニ。外国人選手ではエドガー・ダーヴィッツ、ズボニミール・ボバン、ジョージ・ウェア、デヤン・サビチェビッチ、アンドリー・シェフチェンコなどとプレー。4シーズンで96試合に出場し、22ゴールを決めた。