貴公子と呼ばれたJ草創期のスター。レオナルドが欧州サッカー界の大立者になるまで

  • リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon
  • 利根川晶子●翻訳 translation by Tonegawa Akiko

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第16回レオナルド(1)

「今考えてみると、1994年は、私にとってエポックメイキングな年だった。選手としてだけではなく、私の人生においても」

 レオナルドと話をした時、彼はこう言っていた。アメリカW杯での優勝、レッドカード、そして何よりも大きかったのは日本に行ったことだった。

 ただし、今回の主役レオナルドは、元Jリーガーというだけではない。現在もサッカーの第一線で活躍する重要な存在だ。17歳でフラメンゴというビッグクラブでデビューしてから以後35年間、選手、監督、チーム幹部とポジションを変えながらも、常にサッカーの表舞台に立ち続けている。これほどの活躍を続ける存在は、世界にもそうはいない。

1994年アメリカW杯が終わると、鹿島アントラーズに加わったレオナルド photo by Yamazoe Toshio1994年アメリカW杯が終わると、鹿島アントラーズに加わったレオナルド photo by Yamazoe Toshioこの記事に関連する写真を見る ところで皆さんは「レオナルド」という名前の意味をご存じだろうか。"レアオ"とはポルトガル語でライオン意味。「レオナルド」は"強き獅子"を指す。また彼の本名はレオナルド・ナシメント・ジ・アラウージョ。ナシメントはペレと同じ苗字で、「生まれながらの」という意味がある。エレガントで誇り高く聡明、まさに百獣の王のイメージにぴったりだ。レオナルドは生まれながらの獅子なのだ。

 レオナルドはポルトガル語に加え、スペイン語、イタリア語、英語、フランス語をほぼ完璧に話す。本人の談では、日本語もかなりいけるそうだ。私には判断はつかないが......。

 彼がなぜ長きにわたりサッカー界のトップに立ってこれたのか、その秘密はまさにその生い立ちにあると私は思う。

 生を受けたニテロイは湾をはさんでリオデジャネイロを美しく見渡すことのできる風光明媚な街だ。多くの大学や私立校が立ち並び、リオデジャネイロ州でも教育水準の一番高い文化都市として有名である。

 ブラジルの選手というと、貧しく、ファヴェーラ(スラム)で生まれ、裸足でボールを蹴って育ち、その境遇から抜け出すために必死で努力しプロになった......というのがステレオタイプなイメージだろうが、レオナルドはそれとはまるで異なる人生を歩んできた。

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