スペイン人監督がブラジル人に代わってJリーグを席巻中。実は出身州でサッカースタイルも違う (2ページ目)
【スペイン人監督にも「はずれ」が】
2019年までヴィッセル神戸の指揮を取ったフアン・マヌエル・リージョも、1年に満たない指揮だったにもかかわらず、選手の信望が厚かった。就任当初は、プレーの一つひとつを修正する指導に、選手も半信半疑だったが、最後はサブに回った選手まで「確実に成長できている」と指導に感銘を受けていた。世界に羽ばたいた古橋亨梧のような選手に与えた影響は少なくない。
もっとも、「はずれ」もある。
サガン鳥栖を指揮したスペイン人監督ルイス・カレーラスは、Jリーグ史上最低レベルと言っていいほどだった。選手からは総すかん。かつてヨハン・クライフが率いたFCバルセロナでプロデビューを飾り、アトレティコ・マドリードなどでプレーした現役時代の栄光に縋り、日本サッカーを軽視していた。そもそも、スペイン国内で指揮した3チーム連続でシーズン中に解任されており、長期契約をするべき人物ではなかった(選手時代にフェルナンド・トーレスの兄貴分だったことが契約に影響したと言われる)。
いずれにせよ、スペイン人監督の波はこれからも大きくなるだろう。
ジョゼップ・グアルディオラ(マンチェスター・シティ)は名将の誉れ高く、ベルギー代表監督を務めるロベルト・マルティネスのように海外で活動する指導者も少なくない。言うまでもないが、スペイン国内には優秀な監督が数多くいる。誤解がないように言うが、リカルド・ロドリゲス、プッチ、ポヤトスはスペイン国内では無名の存在だ。つまり、それだけの人材がスペインにいるのだ。
ただし、"スペイン人監督"とひと括りにしているが、実はJリーグに"スペイン人"は少ない。
スペインは複合民族国家で、民族も言語も異なる人々で構成されている。バルセロナを中心としたカタルーニャ州、ビルバオやサンセバスチャンなどがあるバスク州、ラ・コルーニャやビーゴなどがあるガリシア州。スペインのなかにいるカタルーニャ人、バスク人、ガリシア人は、1970年代まで、マドリードを首都とする軍事政権下ではひどい弾圧も受け、民族感情は今も軋轢を残す(それがクラシコの異様なライバル関係につながっている)。ひとつになっているとは言いきれない国なのだ。
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