歴代J2得点王の実力を比べてみた。最もステップアップしたのは誰か? (2ページ目)

  • 中山淳●取材・文 text by Nakayama Atsushi
  • photo by AFLO

 そのなかでも、エメルソンとフッキはJ1でも圧倒的な存在感を示したサッカーファンお馴染みのスーパー助っ人。若くして来日し、Jリーグでの活躍をきっかけにステップアップしたという共通点を持つ。

 21歳で当時J2の札幌に加入したエメルソンは、いきなり34試合31ゴールを記録してJ2得点王に輝くと、翌年にJ2川崎に移籍して18試合で19ゴールを量産。その実力が認められ、シーズン途中でJ1浦和レッズに引き抜かれた。

 浦和での活躍ぶりも、圧巻のひと言だった。在籍した2001年夏から2005年夏までの間に、クラブ史上初となるナビスコカップ(現ルヴァンカップ)優勝とJリーグのステージ優勝に大きく貢献。個人としても、2003年にJ1年間最優秀選手賞、2004年にJ1得点王、2002年からは3シーズン連続でJリーグベストイレブンに選出されている。

 カタールのアル・サッドに引き抜かれてからは、名前と年齢の詐称や国籍取得問題でそのキャリアに傷がついた格好だが、それでも2012年にはコリンチャンスの一員として来日し、クラブ世界一を決めるクラブワールドカップで優勝を果たすなど、日本で残したインパクトは申し分のないものだった。

 2005年に18歳の若さで川崎に加入したフッキは、さらにその上をいく。来日3年目の2007年にJ2東京ヴェルディにレンタル移籍すると、規格外の決定力を披露。2004年のジュニーニョ(川崎)に並ぶJ2史上最多タイとなる37ゴールをマークし、2008年夏にポルトガルの名門ポルトへと羽ばたいた。

 その後の活躍ぶりもすさまじく、ポルトガルやロシアでもリーグ得点王に輝いたフッキは、2014年に地元ブラジルで開催されたワールドカップでもブラジル代表の主軸としてプレー。世界にその名をとどろかせるほどのワールドクラスへと成長を遂げている。

 また、加入初年度に34ゴールを記録した仙台のマルコスは、翌年のJ1でも18ゴールを量産した実力者。名前は一文字違いだが、2002年から2年連続でJ2得点王に輝いたマルクスも、昇格後の2004年にJ1で18ゴールを記録して川崎に引き抜かれるなど、昇格の原動力かつJ1でも活躍した助っ人として、それぞれのサポーターに今も愛されている。

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