2018.12.30

森﨑和幸が森保監督から学んだこと。
「大事なのは結果よりもプロセス」

  • 原田大輔●取材・文 text by Harada Daisuke
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki

森﨑和幸インタビュー@後編

 2度のJ2降格に、度重なる体調不良――。サンフレッチェ広島ひと筋でプレーしたMF森﨑和幸のキャリアを振り返れば、苦しいことのほうが多かった。それでも彼は、何度も何度もピッチに戻ってきた。

 そんな森﨑のキャリアは、森保一監督という指導者との出会いによって栄光が待っていた。2012年、2013年とJ1連覇を達成。さらには2015年にもJ1優勝を成し遂げ、3度の日本一に輝いた。

 現役を引退した今だから、度々オーバートレーニング症候群や慢性疲労症候群を発症して戦線を離脱しなければならなかった症状について、そしてサンフレッチェというクラブへの想いを語ってくれた。

「森﨑和幸インタビュー@前編」から読む>>>

引退セレモニーで肩を抱き合う森﨑和幸と森﨑浩司―― 2012年から、今や日本代表監督になった森保監督が指揮を執るようになり、サンフレッチェは3度のJ1優勝を達成しました。森保監督から期待されていたことは何でしたか?

森﨑和幸(以下:森﨑) 森保さんが僕自身に期待していたのは、「自分らしくいてくれ」ということだったように思います。心の余裕があれば、チームのために働きかけてほしいという想いはあったと思いますけど、それ以前に、自然体でいてくれることを望まれていたように感じています。

 生まれ育った広島でプロになったことで、どこかしら、サンフレッチェというクラブであり、広島という町を背負ってしまっていたところがあった。森保さんは、そうした僕の想いを取りのぞいてくれていたのかなと……。

―― 覚えているエピソードは?

森﨑 森保さんがサンフレッチェの監督に就任することが決まった時、すぐに電話をもらったんですね。そのとき、きっと、何人かだけに電話しているんだろうなと思ったんですけど、あとあと聞いたら、当時所属していた選手全員に連絡していたんです。

 そういう監督は初めてだったので驚きましたけど、今思えば、森保さんらしいですよね(笑)。その時、「一緒にいいチームを作っていこう」と言われたことを覚えています。「自分がいいチームを作っていく」ではなく、「一緒に作っていこう」と言っていたのが印象的でした。