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戻ってきた「フジタ」の偉大なる過去 (4ページ目)

  • 川端康生●文 text&photo by Kawabata Yasuo

 1977年はフジタの年であった。日本リーグ初制覇。そして天皇杯でも初戴冠。優勝した天皇杯が全勝なのは言うまでもないが、リーグでも18戦して90分負けは1敗のみ(当時は同点の場合はPK戦があった)。まさに圧勝だった。

 とりわけ強力だったのは、攻撃力だ。史上最強と言っても過言ではないものだった。『日本サッカーリーグ全史』はこう伝えている。

<他のチームのディフェンスにストップするのを諦めさせるほどの威力をもっていた。......(中略)......「藤和」時代からチームを育て、監督3年目の石井義信が作り上げたフジタの破壊力だけが印象に残るシーズンだった>

「史上最強」は決して誇張ではない。この年フジタが記録した「シーズン64得点」(1試合平均にすれば3.55点!)、「18試合連続得点」(全試合である)などはいずれも史上最多。その後も破られることなく、27年に及ぶ日本リーグの歴史に残り続けたのだ。

 さらにフジタの時代は続く。翌年こそリーグ3位にとどまったが、1979年には再び日本リーグと天皇杯の2冠。さらに1981年にも日本リーグ制覇。

 天皇杯に関して言えば、1975年から1985年までの11大会中5回も決勝に進出。まさに黄金時代を築いたのだった。

 付け加えるならば、この時代がJリーグ草創期の「湘南の暴れん坊」のオリジンとなる。当時の中心選手が古前田であり、上田栄治であり、植木繁晴だったと言えば、「平塚」時代を知るサポーターにはうなずいてもらえるだろう。

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