【特別寄稿】サッカーJ2、FC岐阜・恩田社長の決意と覚悟 (3ページ目)
いっやあ、それは、ゲーセンにたむろする大阪のヤンキー君たちが絶好調の時間帯じゃないですか、と言うと。にこにこと笑いながら「そうなんですよ。おっしゃる通り本当にこの時間はヤンチャなお客様がいっぱいいらっしゃって。でも、これが仲良くなると毎日来て下さるんです」。
でも、それはあなたのようなキャリアの人にとって、と言いかけると、意を汲んだ恩田は、またも朗らかに笑って言った。「私にひとつ誇れるものがあるとすれば、それは変なプライドが無いということだと思うんです。『京大の院まで出て』と言われたこともありますが、私はむしろ東大阪の店でお客様と触れ合ってから、『何でおれは、もっと早く就職しなかったんだろう』と後悔しました」
恩田にとって人と直接触れ合うサービス業の仕事は、研究室に籠(こも)るよりも楽しくて充実したものだった。日付が変わるころにやって来る深夜のお客は不良高校生や大学生、暴走族、ニート、店がはねた後のキャバクラ嬢など、どこか鬱積(うっせき)したものを抱えている人種たちだった。気に食わないことがあると、ゲーム機を壊すし、バンバン店内を叩いて暴れ回る。しかし、恩田は何が起こっても何をされても、通報したり、もう来ないで下さいとは言わなかった。「すみません、それ壊されたら困るんですわあ」と諭(さと)しながら、荒れる若い客や崩れた感じの女性にも話しかけ、コミュニケーションを放棄することは一切なかった。
やがて会話が始まった。気がつけば、あれだけ暴れていた客たちがなつき始め、毎夜、恩田に会うためだけに来店するようになって来た。入場ゲートをくぐっても、どのゲーム機の前にも行かずカウンターにいる恩田と2時間会話だけして帰るという客が続出した。当然、それでも課金される。恩田は“人間アミューズメント”になった。
客の少ない時は、店内マイクを握って「今から私とかくれんぼしましょう。10数えるうちにお店の中で隠れて下さい。イーチ、ニイ、サン…」。ヤンキーたちが無邪気に隠れていった。「よく夜のお客様は浮気しないと言われますが、本当にそうで仲良くなると熱心に来て下さるんです。最初に手を焼いたお客様も最後は、『今週、売上ノルマがピンチなんですわ』と言うと『分かった今から行ったる』と駆けつけてくれたんです」。
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