2015.02.21

【特別寄稿】サッカーJ2、FC岐阜・恩田社長の決意と覚悟

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko
  • photo by Kyodo News

『オシム 終わりなき闘い』を刊行した、ノンフィクションライター・木村元彦氏から、1本の原稿が編集部に届いた。それは、サッカーJ2、FC岐阜で社長を務める恩田聖敬(さとし)について就任までの経緯とALS(筋萎縮性側索硬化症)発症を公にするまでを綴った人物ルポルタージュだった。この特別寄稿にあたり、木村元彦氏は次のようなメッセージを寄せた。

「取材をしていて感動したり、歓喜したりはあっても長く心が震えることなどない。感情が揺さぶられながらも、職業意識としてどこかで冷静な自分を保とうとする気持ちが働くのだ。しかし、一週間前に言葉を交わした人物の言動に、自分は大げさに言えば今でも震えている。大きな債務超過を抱えた故郷の会社を復活させるために、未知の業種に社長として飛び込んだ35歳の男。ところが、就任と同時にALSに侵されていることが発覚。全身の筋肉が日ごとに衰えていく不治の病に向き合うことになった。しかし、男は冷静にそれを受け入れ、家族以外には一切告げずに激務に立ち向かった。一年後、前年度から大きなV字回復を成し遂げ、今も尚、運命に立ち向かっている。今、”この人を書き記したい”と痛切に思った」

1月30日ラモス監督と臨んだ記者会見。この日、恩田社長(左)はALS発症を公表した

きっかけは東京ディズニーシーだった

 岐阜県高富町に生まれ、物心ついてから宇宙が大好きだった。漆黒の闇の向こうに無限に広がる世界に大きなロマンを感じていたのだ。だから、学問の道を選ぶときは宇宙物理や相対性理論を勉強したかった。理学部には進まなかったが、京都大学工学部に進学後、そのまま大学院に進んで宇宙工学を専攻した。流体力学を選んで、研究に打ち込んだ。しかし、これがイメージと違った。大宇宙を仰ぎ見ると言うよりも数値シミュレーションが多く、パソコンを使用することが多かったのだ。