2015.02.22

【特別寄稿】FC岐阜・恩田社長、病気公表までの苦悩と葛藤

  • 木村元彦●文 text & photo by Kimura Yukihiko

 去る1月30日、自分がALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症していることを公表したサッカーFC岐阜社長・恩田聖敬(さとし)のルポタージュ。前編では、サッカークラブ社長に就くまでの、波乱万丈の半生を追った。今回は病気発症のこと、そして、このクラブに懸ける熱い思いを綴っていく。
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精力的に挨拶に回った岐阜の市町村地図を前に語る恩田社長「指がもう指せないのですが」

就任直後のALS発症も他言せず仕事に邁進

 岐阜への引っ越しの準備の合間、相変わらず続く指の麻痺が気になっていたので、脳に何か詰まっているのではないかと考えて千葉の病院で調べた。検査の結果、医師は言った。「すごく脳はきれいです。何も見えません」。原因は分からなかった。

 恩田は2月からFC岐阜で社長付の仕事に就き、期待通りの熱心なその仕事ぶりを評価され4月に社長に就任した。経営トップになれば、自分ひとりの身体ではない。大きな責任が生じるので、ひっそりと岐阜大学病院に検査入院した。上がって来た検査結果はまったく予想もしないものだった。

「ALS(筋萎縮性側索硬化症)の可能性がある」。筋肉を動かす神経細胞の運動ニュ-ロンが侵され、手足、のど、舌、やがて全身が動かなくなってしまう難病である。筋肉がやせ細り、最後は呼吸筋が弱くなって呼吸が出来なくなってしまう。治療法はまだ見つかっていない。この病気がむごいのは知覚神経や自律神経は侵されないので徐々に動かなくなっていく自らの身体に臨終の瞬間まで向き合わなくてはならないことである。