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サッカー日本代表はどこへいく 識者は森保一監督続投とその後の大岩剛監督就任発表をどう見たか (6ページ目)

【自由に意見を言える環境はあるのか】

 1986年のメキシコワールドカップ後、スペイン国内で論争が起きた。当時のスペインは勝てなかった。欧州の列強国ではなかった。そこで「このまま攻撃的なサッカーを続けるより、イタリアのような守備的サッカーでいったほうが勝てるのではないか」という意見が台頭。スペインを二分するような熱い議論に発展した。決め手となったのは「攻撃的に行こう」というヨハン・クライフの意見だった。そこからスペインのサッカーはゆるやかに右肩上がりに転じていった。今日のスペインを語る時、その礎となっているこの論争を外すことはできない。

 日本のサッカー界にその手の議論はない。「欧州路線か、南米路線か」という対立があった昔のほうがまだましだった。議論を好まない国民の気質がサッカー界も覆っている。集団のなかで自己主張できない。その"なあなあ"体質が進歩発展にブレーキをかけている。

「サッカーにはいろんな考え方があります。自由に意見してもらって私は全然構いません」と筆者に語ったのは、ほかでもない森保監督だ。だが、協会の内部に自由に意見を言える環境はあるのだろうか。森保サッカーについてダメ出しをした人はどれほどいたか。いるはずなのに、実際の声は聞こえてこない。組織内に同調圧力が働いているとすれば、組織のトップの責任は重い。

 継承と進化が今回の人事のコンセプトであると、会見の冒頭で山本昌邦ナショナルチームダイレクター兼技術委員長は述べた。何を継承し進化させるのか。それは8年にわたる森保サッカーを徹底的に総括しないと浮き彫りにならないものだ。宮本恒靖会長も会見の席で、このフレーズをたびたび口にした。

 森保監督から大岩監督へ何を継承するのか。「夢フィールドで我々は常に顔を突き合わせているのでわかっている」と山本氏は語っているが、見えてくるのは空気感の共有に過ぎない。外国人監督を避けた理由も、仲間うちで波風立てることなくうまくやっていきたいという話にしか聞こえなかった。森保監督が筆者に語った言葉と、協会内は真逆のムードに包まれているのではないか。

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