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サッカー日本代表はどこへいく 識者は森保一監督続投とその後の大岩剛監督就任発表をどう見たか (5ページ目)

議論なき代表監督発表 日本サッカーの進歩を遅らせている理由が見えた

杉山茂樹●文 text by Shigeki Sugiyama

 誰を代表監督に起用するか。これは各国のサッカー協会にとって最も重要な決断事項である。その就任会見はサッカーファンのみならず、多くの国民の関心を集める一大セレモニーである。

 日本も例外ではないはずだ。何といっても代表監督がワールドカップ優勝を目標に掲げてしまう国である。会見場はこれ以上ない熱気に包まれるのが普通である。ところが7月24日、森保一氏の代表監督続投の会見の舞台となった都内のホテルの大ホールはスカスカだった。埋まったのは半分程度。新しい4年間への期待感をそこに見て取ることはできなかった。

 日本サッカー協会からの会見の案内を筆者が受信したのは前日の夜7時。会見の開始時間が翌日の午後2時なので、わずか19時間前ということになる。前日の午後、ワールドカップから帰国したばかりの筆者にはあまりにも急な話だった。

 そもそも手順が違うのだ。まずすべきは大会の総括だ。森保監督率いる日本代表は何ができて何ができなかったか。反省、検証をしっかりと行ない、今後に向けた課題を明確にすることである。それなしに次期代表監督探しは始まらない。

「こういう理由で大岩剛氏です」「こういう理由で森保監督にはアジアカップまでお願いしたい」という手順でなければならないはずだ。後ろめたさがあるのだろうか。肝心な箇所をすっ飛ばし、先を急ごうとする協会の姿勢に、筆者は何より違和感を覚える。 

 実は会見場が埋まることを願っていない、大きく報じられることを願っていない。それが19時間前に会見の案内を送ってきた理由ではないか。晴れの舞台を、自らつまらないものにしている。サッカー協会の姿勢が相変わらずであることが見て取れた。それこそが日本が強くならない原因のひとつでもある。

 反省、検証すれば、失敗を認めなければならない部分も生じる。協会の責任を追及するメディアも現れるだろう。波風を立てたくないからササッと会見をやってしまいたかったのだとすれば、トップに立つ人間の器が小さいという話になる。熱や活気は批判のなかに生まれる。世界の列強は喧々囂々(けんけんごうごう)の議論を避けなかったからこそ現在があるのだ。

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