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【サッカー日本代表】清武弘嗣がサブを受け入れた2014年ワールドカップ 「3人が偉大すぎて超えられなかった」 (2ページ目)

  • 原山裕平●取材・文 text by Yuhei Harayama

【ザックさんは守備も攻撃も細かかった】

── 当時はロンドンオリンピックを目指すチームでも主力を担っていましたが、代表でもやれる手応えを得られたのでは?

「そこまではなかったですね。調子はよかったですけど、当時はオリンピックのほうで精一杯で、自分がA代表でプレーするというイメージを描けなかったんですよ。

 選ばれて代表に入ったら、周りはテレビで見ている人たちばかりで。しかも強烈な人たちだったから、ちょっと気圧される部分もありました。ただ、そこで一緒にやったことで、欲は出てきましたよ」

── アルベルト・ザッケローニ監督の指導はかなり緻密だったそうですね。

「細かかったですね。守備も細かかったし、攻撃も細かかった。僕は2列目の右も、左も、真ん中もやりましたけど、ポジションによって中に入るタイミングとか、下がりすぎないとか、そういう決まりごとがたくさんありました。

 韓国戦の時は準備期間も少なかったので、ある程度、自分の感覚でやっていたんですけど、ちょっとずつ代表に関わっていくなかで、立ち位置だったり、タイミングだったり、サイドバックとの関係性とか、いろいろ細かい要求は増えていきましたね」

── ザックさんに一番求められていたことはなんですか?

「(香川)真司くんがいて、(本田)圭佑くんがいて、オカちゃんがいるなかで、基本的にスタメンで出ることはほとんどなかったですけど、左も右も真ん中もできたので、彼らの代わりという存在だったと思います。だから、途中から出ても安定感をもたらしたり、流れを変えるという部分は、すごく求められていた気がします」

── 当時は左で作って、右で仕留めるというような戦い方だったので、右で出た場合と左で出た場合とでは、役割は違ったのですか。

「そうですね。左の時はサイドで作って、最後に圭佑くんとかオカちゃんに仕留めてもらうような感じでした。だから僕も右で出た場合は、少しゴールに近い立ち位置だった感覚はあります。フォワード寄りでプレーすることを心がけていましたね」

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