サッカー日本代表は「史上最強」の戦い方をできるか 結果のみを追求した南アフリカ大会・岡田ジャパンとの類似点 (3ページ目)
【本質は受け身的な両監督】
森保ジャパンもその気概は受け継ぐべきだが、未だに"我慢比べ"から脱せていないところが気になる。
当時、代表を率いた岡田武史監督と森保一監督は、深いところでコンセプトがつながっている。ボールゲームを志しながらも、結局は「負けない算段」を整える実務家で、情熱的な言葉を使って飾りつけるが、本質は受け身的で、献身が第一だろう。
森保監督が率いた2022年のカタールワールドカップの日本代表は典型だった。大会後、指揮官自身は「ボールを持つ時間を増やす」「攻撃の選手の枚数を増やした」と胸を張ったが、現在も、相手がボールを持ったときを得意とし、自らがボールを持ったときは攻めあぐねている点は変わっていない。攻撃の選手を増やしたかもしれないが、彼らに守備を求めているだけで、チームとしてのパーソナリティは変わらない。
今回、森保監督は26人のメンバーにMF守田英正を入れていない。チャンピオンズリーグでベスト8のチームで先発するMFを選外にするのは、控え目に言って摩訶不思議である。守田は中盤でプレーメイクし、攻撃を活性化するだけでなく、自分たちのテンポを作ることで相手の攻撃を削って守備でも貢献する。主体的なサッカーを目指すなら、彼を選ばないなど論外だろう。
そして森保監督は先日のアイスランド戦で、瀬古歩夢を本大会直前というタイミングでアンカーに起用している。頭数からしてMFが足りない(遠藤航は明らかに試合勘を失っていた)なか、センターバックの前にもうひとりのセンターバックを置いて守備を堅牢にした。それは岡田監督が阿部勇樹をアンカーで使うことで守りのリスクを下げたことにも似ているが、守田を選ばないどころか、瀬古のアンカー起用というのは、あまりに受け身的だ。
もっとも、森保監督は主体的なサッカーを捨てているのかもしれない。砦に籠って戦う以上、コンタクトプレーを重んじ、その士気を高めるような人材を求めたのかもしれない。いや、そうでなければ説明がつかないのである。
16年前、日本は誇るべきベスト16進出を成し遂げている。しかし、その記憶はそろそろ上書きされるべきだろう。なぜなら、"身を粉にして戦う"だけではベスト16の壁を越えることはできないからだ。
日本代表・史上最強の検証(1)『サッカー日本代表は「史上最強」なのかを検証 初めてのワールドカップで挑んだ3バックと何が違うか』はこちら>>
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著者プロフィール

小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。
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