サッカー日本代表は「史上最強」の戦い方をできるか 結果のみを追求した南アフリカ大会・岡田ジャパンとの類似点
「史上最強」と言われる現在の日本代表は、何か変わり、何が変わっていないのか。過去のワールドカップの印象的な敗戦から見えてくるものがある。2010年の岡田ジャパンと森保ジャパンの戦い方を比べてみると――。
2010年南アフリカワールドカップ。日本は初めて自国開催以外のワールドカップでベスト16へ勝ち進んだ。第2戦でオランダに敗れたものの、カメルーン、デンマークに勝利。ラウンド16で激突したパラグアイとは、延長戦を戦っても0-0で決着がつかず、PK戦に進んだが、ここで力尽きた。サッカーの世界では、PK戦はあくまで"PKによる決着"で、勝ち負けに関しては引き分けと表記されるが、大会からの敗退という意味では、敗北の記憶と言うにふさわしい。
2010年南アフリカワールドカップでPK戦の末にパラグアイに敗れた日本代表 photo by Masato Fujita 南アフリカワールドカップは聴覚で記憶に残る大会だった。とにかくブブゼラがスタジアムを支配していた。自分がどこにいるのか、麻痺させるような爆音のなか、選手たちは奮闘していた。
パラグアイはビッグネームこそいなかったが、全員が"サッカーがうまい"個人の集まりだった。たとえばMFネストル・オルティゴサは、ずんぐりむっくりとしていて鋭敏には見えなかったが、巧みな駆け引きでパスを振り分け、攻守のバランスをとっていた。GKフスト・ビジャールは小柄(180cm)だが、ハイボールの処理や適切なシュートの弾き方など総合力に優れ、南米屈指の名手だった。
日本はパラグアイと構造的によく似ていた。4-1-4-1というアンカーを使った守備的な布陣で堅牢に守り、カウンター、もしくはセットプレーに命運を懸ける。どちらもそうやって接戦を制して勝ち上がってきた。
必然的に、我慢比べのような戦いになった。
「全然、面白くはなかったよ。でも、一発勝負と決め込んでいたから。楽しくなくても問題なかった」
南アフリカワールドカップを振り返って、大久保嘉人は拙著『ロスタイムに奇跡を』のなかでそう語っていた。大久保は、本田圭佑、松井大輔とともに3人で攻撃を引っ張りながら、守備でも体を張った。
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著者プロフィール

小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。


