【サッカー事件簿】南アフリカワールドカップで日本が前評判を覆したわけ 第3GKでメンバー入りした川口能活の重要なタスク (2ページ目)
しかしワールドカップ本番を前にして、日本代表は壮行試合の韓国戦で0-2と敗戦。現地入りしてからも、イングランド(1-2)、コートジボワール(0-2)に敗れ、なかなか結果を出せずにいた。
「僕が代表に合流してからなかなか勝てず、みんな、ちょっと自信を失っている感じがありました。そのため、本番を目前にしてシステムを替え、選手を大幅に入れ替えることになったんです。
直前になって、レギュラーを外れた選手たちの悔しさはすごく理解できました。その際、ドイツワールドカップを経験している(中澤)佑二、イナ(稲本潤一)、玉ちゃん(玉田圭司)らが(彼らに寄り添うなど)チームのために動いてくれたのが大きかったです」
チーム大改造によって、本番目前でレギュラーからサブに回った選手の表情には、そのショックと悔しさが滲んでいた。川口もそういった選手たちのケア、サポートに努めた。
GKも川島永嗣が抜擢され、ポジションを失った楢﨑の気持ちは誰よりも理解していた。ただ、同じポジションでお互いのことをよく知るがゆえ、楢﨑にはあえて声をかけず、そっと見守っていた。
一方で、中村俊輔に対しては積極的に声をかけた。
中村はドイツワールドカップでは風邪によるコンディション不良で思うようなプレーができず、南アフリカワールドカップに向けては「今度こそ」という気持ちで臨んでいた。周囲も攻撃の中心選手として大きな期待を寄せていたが、突然レギュラーの座を失った。川口には、その悔しさと無念さが痛いほどわかっていただけに放っておけなかった。
「俊とは(横浜F・)マリノス時代に一緒にプレーしていたし、言い合える関係だったので、(彼の)部屋に行っていろんな話をしました。なるべく気持ちが落ち込まないような雰囲気づくりを心がけました」
そのおかげだろう、中村は後日「(川口に)だいぶ助けられた」という話をしている。
当時のチームでは、「ドイツ(の悪夢)を忘れるな」という言葉が選手間で浸透していた。ドイツワールドアップでは「史上最強」と言われながら、チームがひとつになれず、1勝もできずにグループリーグ敗退という結果に終わった。その事実を南アフリカワールドカップに臨む選手たちは強く認識しており、個々がそのことを心に留めて行動した。
「惨敗したからといって、ドイツワールドカップのことを全部"悪"として扱うのは違うかなと思うし、『チームのために』という意識の重要性は、ドイツでの結果があったからこそ、より理解できたと思うんです。南アフリカワールドカップではドイツを経験したメンバーも多くいましたから、彼らはもうあんな思いをしたくないと思っていた。
その思いを、長谷部(誠)とか、(大久保)嘉人、(本田)圭佑たちが汲んで、みんなで戦う気持ちを盛り上げてくれた。大会初戦のカメルーン戦に勝ってからは、より(チームが)ひとつになった感がありました」
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