サッカー日本代表がワールドカップイヤーにすべきこと 参考になるのは2010年の岡田ジャパン
連載第74回
杉山茂樹の「看過できない」
代表チームの活動はワールドカップを中心に4年周期で回る。ワールドカップの中間年にユーロが開催される欧州は例外と言えなくもないが、予選突破に苦労する必要なくなって久しい日本の場合は完全にワールドカップが中心だ。4年に1度の本大会に照準を合わせながら強化に邁進できる環境にある。
だが、日本サッカーが4年という歳月を計画的にうまく使った例は少ない。アジア予選を終え、本大会出場切符を手にしてから、チーム力の伸びが止まるパターンを繰り返している。そこからの半年~1年で右肩上がりを示した過去はゼロに近い。気がつけば代表監督は器の小ささを露呈し、目先の勝利に必要以上に躍起になる。勝利至上主義に走ろうとする。
2002年日韓共催ワールドカップで韓国を率いてベスト4入りしたフース・ヒディンクは、就任の半年後、筆者のインタビューに対してこう答えている。「ペースを上げるのは最後の半年。いまは格上相手と対戦し、負け続ける時期だ」と。そして、ワールドカップまでのプロセスを描いた図表をこちらに見せてくれた。
地元韓国の記者たちはその時、負け続ける自国の代表チームにいらだち、ヒディンク解任を叫ぶ声を挙げていた。だが、当事者であるヒディンクは余裕しゃくしゃく。「見ていてくれ。必ずチーム力は上昇する」と、不敵な眼差しを筆者に向けるのだった。
実際、韓国代表は最後の半年で右肩上がりを加速させ、トルシエジャパンとの差を見せつけることになった。ヒディンクが日本代表監督だったら日本はどうなっていたか。考えずにはいられなかった。
ヒディンクと肩を並べる真の一流監督といえば、日本サッカーに関わった監督ではアーセン・ベンゲルぐらいだろう。彼らに比べるとアルベルト・ザッケローニは格が落ちる。歴代の日本代表監督のなかでは、ハビエル・アギーレとイビチャ・オシムが世界的にも実力派として評価されるが、前者は八百長疑惑で、後者は病で、それぞれ短命政権に終わった。世界的な監督に1度、代表監督を4年間任せてみたいと思うのは筆者だけではないはずだ。
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著者プロフィール
杉山茂樹 (すぎやましげき)
スポーツライター。静岡県出身。得意分野はサッカーでW杯取材は2022年カタール大会で11回連続。五輪も夏冬併せ9度取材。著書に『ドーハ以後』(文藝春秋)、『4-2-3-1』『バルサ対マンU』(光文社)、『3-4-3』(集英社)、『日本サッカー偏差値52』(じっぴコンパクト新書)、『「負け」に向き合う勇気』(星海社新書)、『監督図鑑』(廣済堂出版)、『36.4%のゴールはサイドから生まれる』(実業之日本社)など多数。

