羽生直剛が語るオシム。「僕はあの人にすべてを教えてもらった。偉大な人の伝道師になれたら...」 (3ページ目)
「サッカーも人生も、すべてオシムさんに教えてもらった」という羽生直剛この記事に関連する写真を見る そんなオシム監督は今年5月1日、オーストリア・グラーツの自宅で亡くなった。
その事実をニュースで知った羽生は、「ウソでしょ?」と思う一方で、この時がきてしまうのではないかと、気持ちのどこかで覚悟している部分があったことを明かす。
「3年ぐらい前に、オシムさんに会いにサラエボへひとりで行ったことがあったんですけど、その時の様子が、決して体調的にいいようには見えなかったので......」
2019年、羽生がFC東京のスカウトだった時のことである。
ベルギーのシント・トロイデンに研修で派遣された羽生は、空いた日を利用して、自費でサラエボへ飛んだ。日本代表時代にオシム監督の通訳を務めた千田善氏を通じて連絡をとり、日本語を勉強している現地の学生に通訳を頼み、オシム夫妻と夕食をともにすることができた。
だが、目の前にいるオシム監督の姿は、どこか弱々しかった。
「だから、早くまた会いに行きたいなと思っていたなかで、コロナが広がって......。結局、その後は全然会いに行けなかったので、やっぱりコロナを恨む気持ちと、でも、どこかで覚悟していたところもあり、いや、逆に言ったらあの時に会えてよかったな、っていう気持ちも入り混じって......、ニュースを聞いた時は、複雑な心境でした」
恩師がこの世を去った現在、羽生が改めて思うのは、「オシムさんから教わったことを、とにかく表現したい」ということだ。
「僕が日本代表に選ばれなくなったにせよ、ジェフで鍛えられた選手が長くプレーし続け、やっぱり羽生はいい選手だなって思われることが、オシムさんに教わったことの答えになっていたりするのかなと思って、現役時代はやっていました。
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