2022.07.22

オシムジャパン全試合に出場した鈴木啓太。「自分の新たな扉が開いた」という代表ベストゲーム

  • 浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki
  • photo by YUTAKA/AFLO SPORT

日本代表「私のベストゲーム」(11)
鈴木啓太編(前編)

 サッカーの神様も粋な演出をしたものである。

 2004年3月18日、東京・国立競技場。U-23日本代表は、アテネ五輪アジア最終予選でUAEを3-0と下し、3大会連続となる本大会出場を決めていた。

 キャプテンとして歓喜の輪の中心にいた鈴木啓太は、しかし4カ月後、アテネ五輪本番の登録メンバーに名を連ねることはなかった。

 以来、鈴木は悔しさを抱え、成長を続け、アテネ五輪から2年、ついに次なる目標と定めてきたA代表デビューを飾ることになる。

 晴れの舞台は、奇しくもアテネ五輪への出場権を勝ちとった時と同じ、国立だった。

「試合前に国歌を歌った時には、それまでのことが走馬灯のようによみがえってきました。死ぬわけじゃないんですけどね(笑)。

 ひとつの夢であったオリンピック出場が叶わず、次はもう(年代別ではない)日本代表しかない。と同時に、日本代表は自分の子どもの頃からの夢でしたし、その一員になれたことは感慨深いものがありました。

 オリンピック出場を決めたUAE戦以来の国立で、また代表のユニフォームを着て......、いろんな感情が混ざり合うなかでプレーした記憶があります」

 鈴木が選ぶ、自身の日本代表ベストゲームは、2006年8月9日に行なわれた親善試合、日本vsトリニダード・トバゴ。本人の言葉を借りれば、「止まっていた時計が再び動き出した」試合である。

オシムジャパンの初戦となる2006年のトリニダード・トバゴ戦で、鈴木啓太の「止まっていた時計が再び動き出した」オシムジャパンの初戦となる2006年のトリニダード・トバゴ戦で、鈴木啓太の「止まっていた時計が再び動き出した」 この記事に関連する写真を見る