偉大なるなでしこ・小林弥生がベレーザに残した「誇り」 (2ページ目)
そんな彼女が33歳を迎えた今季、"引退"の決断を下した。今季も数多くの選手が引退の道を選んでいるが、小林のそれは他の選手とはかなり異なる決断だった。
まずは引退を伝えた時期。今季の頭に引退の意思をチームメイトに伝えていた。これまで引退していく選手のほとんどが、皇后杯前に発表するため、そういう選手を送り出すときは、彼女自身、限りある残された時間にやりきれなさがあったという。だからこそ、早い時期に伝えることを選んだ。今季の小林は、コンディションが最高。ポジションも中盤だけではなくトップもこなし、新たな引き出しも発見。スピードも上がり、プレイの幅も広がった。それでも、小林が"引退"を決めたのには、チームに残したいものがあったからだ。
ここ数年、転換期を迎えているベレーザ。2011年に澤穂希、近賀ゆかり、大野忍、南山千明ら主力がINAC神戸レオネッサに移籍したことで戦力は大幅にダウン。中堅選手だけでは埋めきれず、下部組織のメニーナから選手を引き揚げ、とても段階的とは言えない世代交代を余儀なくされた。現在のスタメンは半分以上が20歳以下という若いチーム。大人のサッカーへの転換を、結果を出しながら遂行しなければならない。若いチームにとって小林は、その存在こそがなくてはならないものだった。
出られない試合でも、練習でも、やりたくないフィジカルトレーニングでも、走り込みでも常に声を出し、周りを鼓舞し、誰よりも努力をする。そして、感情表現が豊かなのも小林の個性だ。
彼女の引退について多くの選手から話を聞いたが、ほぼ全員から"笑顔"というキーワードが出てくる。それほど、小林の笑顔は周りに力を与えてきた。と、同時に彼女は悔しさも、憤りも、楽しさも、その感情すべてをきちんと表現する。"昭和"な時代にはよく見かけたが、昨今ではこんな選手は本当に少なくなった。感情表現の乏しい若い選手は、コミュニケーション下手が多い。しかし、サッカーはチームプレイ。ポーカーフェイスと言えば聞こえはいいが、それで意志の疎通が滞(とどこお)るならば美徳とはいえない。
"昭和"な小林は、感情のこもったプレイでストレートにサッカーを表現する。常にプレイのそこにあるのは"熱さ"だ。小林はサッカー人生最後の大仕事として、若いチームにサッカーの厳しさと同時に、責任感を植え付けようと決めた。
「日常では、練習中の言葉だったり、自分が伝えたくて見せているはずのプレイも、全部サーって通り過ぎて行っちゃうんです。だから、来年には私はいなくなるんだよ? 大丈夫? って意識してもらうことが重要だった。引退を決めて、1年かけてこの子たちに伝えて行こうっていう覚悟があった」
小林が引退を決めたとき、チームは安心してピッチを去れる状況とは程遠いところにあった。1年では何も変わらないかもしれない。それでも、小林は大事な最後の1年に懸けたのだ。
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