【プロ野球】「普通なら監督批判で罰金ものですよ」 若菜嘉晴が明かす近藤貞雄と選手たちの"不思議な信頼関係" (4ページ目)
球審の説明では、齊藤がモーションを起こす直前、中日の三塁コーチが打者とのサイン確認のためタイムを要求し、三塁塁審がそれを認めていたという。近藤は三塁塁審のもとへ走り寄り、顔を近づけて唇をとがらせながら大声で罵倒。審判への侮辱行為で「退場!」を宣告された。
その姿を目の当たりにした若菜も齊藤も、ますます近藤を慕うようになった。監督と選手の関係性も、次第に変わっていったという。
「齊藤明雄がピンチになった時、監督がマウンドまで手を出して来るわけです。でも齊藤が知らん顔して二塁ベース寄りに行くと、監督は下がっていくんですよ。『もう任した』と。結局、行っても話にならんからってベンチに帰るんじゃないですか。普通、そんなことしたら監督批判で罰金ものですよ(笑)。近藤さんはそれができた監督というか。今だったらできないですよ」
1972年からの中日コーチ時代、近藤は投手分業制を実行すべく、球数を目安に交代のタイミングを見定めていた。だが、投手といえば先発完投が当たり前の時代。交代命令を素直に聞く投手はめったにいなかった。そこで近藤は、投手の手から強引にボールをもぎ取った。
大洋では齊藤に無言でかわされると、そのまま引き下がったが、中日時代の投手陣からつけられた渾名は"もぎり屋"。その過去を知っている若菜たちにとって、齊藤とのやりとりはなおさらおかしかった。
「それを僕ら知ってるから、余計におかしくて。近藤さんも楽しかったんじゃないですか。で、門限がないんですよ、遠征先で。僕と齊藤が朝帰りしたら、近藤さんが『おはよう。おかえり』って......。飲みに行って、選手より遅く帰って来る監督っていないでしょ。普通、怒りますよね。それぐらい『試合でちゃんとやってくれさえすればいい』っていう人でもありました」
(文中敬称略)
著者プロフィール
高橋安幸 (たかはし・やすゆき)
1965年、新潟県生まれ。 ベースボールライター。 日本大学芸術学部卒業。 出版社勤務を経てフリーランスとなり、雑誌「野球小僧」(現「野球太郎」)の創刊に参加。 主に昭和から平成にかけてのプロ野球をテーマとして精力的に取材・執筆する。 著書に『増補改訂版 伝説のプロ野球選手に会いに行く 球界黎明期編』(廣済堂文庫)、『根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男』(集英社文庫)など
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