【プロ野球】「ハリさんが本気でホームランを打ちにいってたら...」 門田博光が語っていた張本勲の知られざる打撃力 (4ページ目)
「ナンバーワン(王貞治)が868本、ノムさんが657本で、俺が567本。そのあとに(山本)浩二さん、キヨ(清原和博)、オチ(落合博満)で、ハリさん。500本を超えとったわけでしょ。あの人がホームランを本気で打ちにいってたら、俺なんかはゆうに超えて、王さんとノムさんの間に入ってた可能性は十分にあったやろうね」
門田はそう見ていた。だが、張本が追い求めたものはホームランではなく、ヒットだった。
「体重移動は少なく、レベルスイング。俺みたいに打球に角度をつける打ち方やなしに、ライナーでヒットを打つフォームやったでしょ。それに足もあった。回転が速くて、ちょこちょこっとした走り方やったけど速くて、セーフティーバントもうまかった。そういうのが好きやったいうのもあったんかな」
さらに門田は、「これは俺の想像やけどな」と断ったうえで、もうひとつ理由を挙げた。
「王さんとハリさんは同い年で、プロ入りも一緒の左打ち。セとパは違うけど、向こうがホームランでトップを目指していくなら、こっちはヒットで頂上を目指す。そこはあったやろうな。とにかく昔は『1番になる』いうのを、どの世界のやつもみんな持っとったんや。
特にハリさんも長いことパ・リーグでやって、3割20本くらいじゃ給料も上がらん時代に、人と違うズバ抜けた数字を残して、この世界で1番になる。『そのためにはヒットや』となったんやないか。カネさんでも、ひたすら数字を追いかけて、追いかけて、追いかけた結果の400勝や。数字と戦ういうのは、ほんましんどいことやけど、そこに挑んでズバ抜けた数字を残したのがカネさんであり、王さんであり、ハリさん。プロの中のプロやったいうことや」
【ふたりが違う道を選んでいたら】
張本が東映でプレーしていた時代のパ・リーグには、野村克也もいた。張本のプロ5年目となる1963年、王より1年早くシーズン50本塁打を記録した大打者である。
対戦を重ねるなかで目の当たりにした野村のホームラン打者としての力量が、張本をより安打へと向かわせた──そんな話もある。真相は本人にしかわからない。
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