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【プロ野球】「ハリさんが本気でホームランを打ちにいってたら...」 門田博光が語っていた張本勲の知られざる打撃力 (2ページ目)

  • 谷上史朗●文 text by Shiro Tanigami

 門田はプロ10年目の1979年、春季キャンプ中にアキレス腱を断裂した。スポーツ医療が現在ほど発達していなかった時代、選手生命の危機を感じさせるほどの大アクシデントだった。しかし、この苦境を乗り越えて戦列に復帰した門田は、1975年にパ・リーグで導入された指名打者として打撃に専念するようになる。

「打つだけが仕事なら、40発は超えなアメリカの戦車(外国人選手)と勝負できん」

 自らに高いノルマを課し、本人いわく「全打席でホームランを狙うようになった」。アーチストとして生きる覚悟を、より強く固めたのだ。

 そうした経緯を知っての質問だった。門田は少し間を置いて、こう答えた。

「アキレスをちぎってなかったら、おそらくハリさんを追いかけて、3000本のほうへいってたでしょうね」

 NPB歴代3位となる通算567本塁打を放った"不惑の大砲"から漏れた意外なひと言に、会場がどよめいた。

 門田の通算安打は2566本。張本の3085本、野村克也の2901本、王貞治の2786本に次ぐNPB歴代4位である。3000安打まで、あと434本だった。

 もし、この男がホームランへの思いを抑え、ひたすらヒットを求めていたら──。そんな想像をさせる数字ではある。

 イベントからしばらくして、あらためて門田にこの話題を振ると、話はさらに広がった。

「プロに入って8年目の途中で1000本を超えたんや。それも1年目は脱臼して夏にリタイアして、50本くらいしか打ってなくて、それや。なら普通にいけば14、15年で2000本。20年ちょっと現役をやったら、3000本いう数字になった可能性は十分あったわけや」

【門田博光が選んだホームランという道】

 今回、門田との会話を思い出し、あらためて張本の成績を見返してみた。

 張本もプロ8年目のシーズン途中で1000安打を突破している。8年目終了時点の安打数は張本が1125本、門田が1046本。その8年間で、ともに5度、打率3割を記録している。本塁打も張本189本、門田164本だった。

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