【プロ野球】「一緒にキャッチボールしようよ」 石川雅規が悩める後輩たちに伝え続けたこと 山野、高橋、奥川が明かす"大先輩の教え" (5ページ目)
【現役生活って長いようで短い】
高橋は故障で出遅れたものの、山野は前述のように2ケタ勝利を達成。奥川も目標としていた規定投球回に到達している。
石川は3人に寄せる期待を、次のように語った。
「僕らプロ野球選手って、才能があって、いいものがあるからこの世界にいます。なので、1年、2年の活躍は、その時にハマればみんなできると思っています。それをいかに継続できるか。相手が研究してくるなかで、己を知って、体やコンディショニング、ローテーションを崩さずに勝っていく。そこがめちゃくちゃ難しいんです。
今はがむしゃらでいいですけど、それだけでは勝てなくなる時もくる。その時に、自分に限界を作らず、長くローテーションとして回ってほしいな。現役生活って、長いようで短いです。僕は25年でしたけど、今、めちゃくちゃ短く感じています。人間だから心が折れたり、おざなりになったりすることもあると思います。でも、みんないいピッチャーなので、故障なく、大好きな野球をずっと楽しんでほしいなと思います」
石川が後輩たちに残したものは、勝利数や記録だけではない。
「一緒にキャッチボールしようよ」
悩んでいる後輩を見つければ、自らボールを手にして歩み寄る。そこで交わされた何気ない言葉、受けた一球、そして目の前で見せ続けた背中が、若い投手たちのなかに残っている。
石川雅規が25年間投げ続けたボールは、これから山野、高橋、奥川、そして次の世代へと受け継がれていく。
石川雅規(いしかわ・まさのり)/1980年1月22日、秋田県出身。秋田商高から青山学院大を経て、2001年ドラフト自由獲得枠でヤクルトに入団。1年目の02年に12勝を挙げて新人王に輝くと、以降も先発左腕として長年にわたってチームを支えた。15年には13勝を挙げ、リーグ優勝に貢献。167センチと小柄ながら、抜群の制球力と投球術を武器に第一線で活躍を続け、プロ25年間で通算188勝をマーク。ヤクルト一筋で46歳まで現役を続け、2026年限りでの引退を表明した
著者プロフィール
島村誠也 (しまむら・せいや)
1967年生まれ。21歳の時に『週刊プレイボーイ』編集部のフリーライター見習いに。1991年に映画『フィールド・オブ・ドリームス』の舞台となった野球場を取材。原作者W・P・キンセラ氏(故人)の言葉「野球場のホームプレートに立ってファウルラインを永遠に延長していくと、世界のほとんどが入ってしまう。そんな神話的レベルの虚構の世界を見せてくれるのが野球なんだ」は宝物となった。以降、2000年代前半まで、メジャーのスプリングトレーニング、公式戦、オールスター、ワールドシリーズを現地取材。現在は『web Sportiva』でヤクルトを中心に取材を続けている。
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