【プロ野球】「優勝しても胴上げはしない」 選手たちが"嫌われ監督"を拒絶...それでも近藤貞雄が7度宙を舞った理由 (4ページ目)
勝敗を超えて、観客が喜ぶ面白い野球を見せたいという思いが近藤にはあった。プロ野球の監督として、この思いはあってしかるべきなのか。
「それはあっていいと思いますよ。82年に優勝した時も、『ファンが喜んでくれるような面白い野球をやりたい』って、よく言っていましたから。でも、スタンドのファンから野次を飛ばされるとすぐに怒って、しょっちゅうやり合っていました(笑)。選手に怒るだけじゃなかったんです」
【ヤクルト・池山監督に注目するわけ】
谷沢が語る近藤は、とにかく怒る人で、その怒りにひるまず反発してくる選手を生かす監督だった。野球の未来を見据え、投手分業制を提唱するほど理想を追い求めたからこそ、現実とのギャップに人一倍いら立ちを覚えていたのかもしれない。
投手の分業制が当たり前になった今の球界だが、逆に近藤のような指導者はほとんど見られなくなった。
「今の時代では難しいでしょうね。近藤さんと黒江さんのコンビなんて、もう絶対に無理ですよ。ただ、近藤さんが築いた投手分業制がその後、どの球団にも広まるきっかけになったのは間違いありません。そして、それが当たり前になった今、どの球団も似たような野球をするようになってしまった。だからこそ、もう一度、違う野球をやる人が出てきてほしいという願望があります。その意味で、私は池山監督に注目しているんです」
2026年からヤクルトの監督に就任した池山隆寛は、「打ち勝つ野球」を標榜。足は生かすが、送りバントはほとんどしない。そのスタイルは、多くの監督が投手力を軸に守り勝つ野球を志向する現代球界にあって、ひときわ異彩を放っている。思えば、近藤も中日監督就任当時、他球団とは一線を画す攻撃的な野球を打ち出したのだった。
「村上(宗隆)が抜けて、細かい野球だけでは勝てないという考えなんでしょうね。バントしない、というのは近藤さんもそういうところがありました。『2番・平野が送りバント』って言ったって、それはシーズン終盤のことであって。セーフティーやったり、バスターやったり。ファースト、サードが出てきたら打っていいぞ、自分で判断しろと。池山監督もそんなところがありますよ」
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