【プロ野球】DeNAクーパー・ヒュンメルが語る「衝撃だったイチローとの出会い」と「武蔵府中時代のほろ苦い思い出」 (2ページ目)
【憧れの存在だったイチロー】
そしてヒュンメルが10歳になった2004年、一家は故郷であるオレゴン州ポートランドへ戻った。しかし、その後も彼の野球には日本で受けた影響が色濃く残り続けた。
ポートランドの約280キロ北にはシアトルがあり、自然とマリナーズの大ファンになった。当時の球団の顔は、言うまでもなくイチローだった。
「どの選手よりもヒーローでした。"走攻守"三拍子が揃った、まさに理想の野球選手です。とにかく格好よくて、憧れの存在でした」
これまで紆余曲折の野球人生を歩んできたヒュンメルだったが、幸運なこともあった。2022年オフ、ダイヤモンドバックスから通算3球団目となるマリナーズへトレードされたのである。ヒュンメルは当時をこう振り返る。
「2023年のキャンプは、本当に楽しみにしていました。目的は、子どもの頃のヒーローに会うことでした。そして、ある日の打撃練習中に外野を見ると、ボールを拾っているのがイチローだったんです。信じられませんでしたし、奇跡だと思いました。『球拾い』という言い方は少し失礼かもしれませんが、正確には守備練習をしていたんです。引退して4年も経っているのに、まるで現役のように美しい動きでした。
本来なら打撃に集中すべき場面でしたが、思わず彼の守備に見入ってしまいました。構えや打球への反応、あえて動かない判断、打球の軌道の読み方......すべてが印象的でした。『自分ならこう動くが、彼はこう判断するのか』と考えながら見ていましたし、本当にいい勉強になりました。とくに印象に残っているのは、一歩目の動きとフェンスまでの距離の取り方でした」
【イチローの教えと家宝になったサイン】
そしてヒュンメルは意を決し、イチローに教えを請うた。
「感動したのは、引退後も野球の難しさを忘れていなかったことです。守備や打撃の難しい部分をきちんと認めたうえで、丁寧に説明してくれました。現役を終えた選手が指導者になると、野球の難しさを忘れてしまう人が少なくありません。だからこそ、それを認めてくれるだけで、こちらとしてはとても安心できるんです。
現役の選手たちとしっかり通じ合っていると感じましたし、それは引退後も日々の練習で我々と同じように体を動かしているからだと思いました。もともと、現実的な考え方を持った人だなと感じました」
2 / 3

