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【プロ野球】石毛宏典が振り返る、黄金時代の西武投手陣を支えた右腕 ソウル五輪で活躍した石井丈裕は「どんな状況でも、堂々としていた」 (3ページ目)

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo

――石毛さんが守っていたサードから見て、マウンド上の石井さんはどんな感じでしたか?

石毛 マウンドさばきが落ち着いていましたし、どんな状況でもうろたえることなく堂々としていました。高校、大学、社会人、オリンピックと高いレベルで野球をやってきた経験がありますし、マウンド上で慌てるような表情、素振りは見たことがないです。

 ピッチャーによっては、ピンチの時などにマウンドに行って声をかけたりしていましたが、たけちゃんの時はほとんど行かなかったんじゃないかな。カウントや状況ごとに、常に自分で考えているのが見受けられましたから。

――実働は11年(西武9年、日本ハム2年)で、通算68勝52敗という成績でした。

石毛 1992年の日本シリーズでの活躍が印象的でしたが、実働年数は短かったですね。故障する投げ方ではないと思って見ていたのですが、腰痛なども抱えていました。ピッチャーのメカニクスにもいろいろあるんでしょう。いずれにせよ、黄金期の西武を支えてくれたピッチャーのひとりであることは間違いないですし、1992年の活躍は今でも心に残っています。後編では、その年のことについて話しましょう。

(後編>>)

【プロフィール】

石毛宏典(いしげ・ひろみち)

1956年 9月22日生まれ、千葉県出身。駒澤大学、プリンスホテルを経て1980年ドラフト1位で西武に入団。黄金時代のチームリーダーとして活躍する。1994年にFA権を行使してダイエーに移籍。1996年限りで引退し、ダイエーの2軍監督、オリックスの監督を歴任する。2004年には独立リーグの四国アイランドリーグを創設。同リーグコミッショナーを経て、2008年より四国・九州アイランド リーグの「愛媛マンダリンパイレーツ」のシニア・チームアドバイザーを務めた。そのほか、指導者やプロ野球解説者など幅広く活躍している。

◆石毛宏典さん公式YouTubeチャンネル
「石毛宏典TV」はこちら>>

著者プロフィール

  • 浜田哲男

    浜田哲男 (はまだ・てつお)

    千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界でのマーケティングプランナー・ライター業を経て独立。『ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)』の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ系メディアで企画・編集・執筆に携わる。『Sportiva(スポルティーバ)』で「野球人生を変えた名将の言動」を連載中。『カレーの世界史』(SBビジュアル新書)など幅広いジャンルでの編集協力も多数。

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