【プロ野球】1992年の日本シリーズ、西武×ヤクルト第7戦 石毛宏典が明かす石井丈裕のタイムリー秘話と珍しいガッツポーズ
石毛宏典が語る黄金時代の西武(13)
石井丈裕 後編
(前編:石毛宏典が振り返る、黄金時代の西武投手陣を支えた右腕 ソウル五輪で活躍した石井丈裕は「どんな状況でも、堂々としていた」>>)
西武黄金期のチームリーダー・石毛宏典氏に聞く石井丈裕氏とのエピソード。その後編では、今も語り継がれる1992年のヤクルトとの日本シリーズでのピッチング、第7戦の終盤で放った値千金の同点タイムリー、日本一を決めた瞬間のガッツポーズのエピソードなどを聞いた。
1992年の日本シリーズ第7戦、1点ビハインドの7回にタイムリーを放った石井 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る
【第7戦のタイムリーの前に、石毛が送ったアドバイス】
――石井さんといえば、やはり印象的なのは1992年ヤクルトとの日本シリーズですね。第3戦に先発して完投勝利を挙げると、3勝3敗で迎えた第7戦にも登板。再び完投勝利を挙げて西武を日本一へ導き、シリーズMVPに輝きました。
石毛宏典(以下:石毛) 第7戦での岡林洋一との投げ合いは印象的でしたね。西武が第2戦から3連勝して先に王手をかけましたが、そこからヤクルトに連敗。勢いはヤクルトにあったと思いますが、大一番でたけちゃん(石井氏の愛称)が素晴らしいピッチングを見せてくれました。その年、シーズンでは15勝(3敗3セーブ)を挙げて、防御率も1点台だったと記憶しています(防御率1.94)。「エース」と呼ぶに相応しい活躍でした。
それと、早稲田実業時代の同期、荒木大輔と再会したシリーズでもありましたね。同じ試合で投げ合うことはありませんでしたが(石井は第3戦、第7戦に登板。荒木は第2戦、第6戦に登板)。
――第7戦、1点ビハインドの7回には同点タイムリーを放つなど、打つほうでも活躍しました。
石毛 右中間にライナー性の打球を打って、センターの飯田哲也がつかみかけたんですが捕球できなかった。パ・リーグは指名打者制(DH)なので、普段ピッチャーは打席に立ちません。それでも、東尾修さんや工藤公康、渡辺智男らにはバッティングのセンスを感じましたが、たけちゃんはいいイメージがなかったんです。彼が打席に入る直前、「バットを振ったって当たんねぇんだから、バットのヘッドをボールにぶつけろ」といったことをアドバイスした記憶がありますよ。
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著者プロフィール
浜田哲男 (はまだ・てつお)
千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界でのマーケティングプランナー・ライター業を経て独立。『ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)』の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ系メディアで企画・編集・執筆に携わる。『Sportiva(スポルティーバ)』で「野球人生を変えた名将の言動」を連載中。『カレーの世界史』(SBビジュアル新書)など幅広いジャンルでの編集協力も多数。










































