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名バッテリー・佐々岡真司&西山秀二が明かす「3週間で8キロ痩せた」広島東洋カープの練習量 (2ページ目)

吉田 当時のそのキツい練習方法は合っていたと思いますか?

西山 最終的に考えれば、プラスになりました。それを経験した選手は、みんな40歳ぐらいまで野球をやれているんですよ。若い時に厳しい練習をしたのがよかったのかなって思います。ただ、今の子は「それは何の意味があるんですか?」って言うと思います。

佐々岡 秋は本当に故障してもいいぐらい練習をやるわけで、「痛い」と言ったら帰らされるし、テーピングを巻いて、痛いなかでもやっていました。それのおかげか、シーズンに入ってちょっと痛いぐらいならできるなという感覚になっていました。今の子はちょっと痛かったら、「張ってる」とトレーナーに伝えて、トレーナーがストップをかけるわけです。昔の選手はやっぱり体が強いというか、故障していても少々の痛みなら投げていました。

西山 「痛い」と言ったら、二軍に行かされるのでね。自分が休むことによって代わりに出た人が活躍したら、戻るところがなくなるし。

吉田 当時、一番根性があった選手は?

西山 根性があったのは町田公二郎じゃないですか。足を捻挫しても松葉杖でグラウンドに来ていましたよ。松葉杖でランニングをしようとしていましたから(笑)。さすがに、休んでおけ」って言われていました。

吉田 では、要領がよかった選手は?

佐々岡 西山ですよ。

西山 僕は、要領よくしないと体が持たなかった。キャッチャーは守備練習の時にコーチと一番近い場所にいるじゃないですか。大下さんは絶対に打席に入って邪魔をするんですよ。普通のバットでやってくれたら送球できるんですけど、(普通のバットより長い)ノックバットで邪魔をするんです。で、うまく投げられないと、そのバットでどつかれる。

佐々岡 大下さんはスタンドに上がってそこからマイクで怒ることもあった。ピリピリムードでしたね。

吉田 すごいプレッシャーのなかでやられていたんですね。その練習をしていて、すごいと思った選手はいますか?

西山 僕は正田耕三さんですね。それだけ厳しい練習をしたあとに、マシンで打ったり、まだ練習をするんです。しかも、そのあとに夜通し遊びに行っていましたからね。2、3時間しか寝てないのに、翌日グラウンドに来て普通に練習をしている。それぐらい元気でした。

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